ハリキ精工株式会社岡山工場さんをTV取材しました。
企画 津山圏域工業会
製作 株式会社テレビ津山
2011年12月27日
2011年12月07日
2011年10月30日
2011年09月01日
2011年07月20日
2011年07月05日
株式会社エクセディ精密 TV取材
株式会社エクセディ精密さんをTV取材しました。
企画 津山圏域工業会
製作 株式会社テレビ津山
企画 津山圏域工業会
製作 株式会社テレビ津山
2011年06月02日
2011年05月16日
テーピアールテック株式会社 TV取材
テーピアールテック株式会社さんをTV取材しました。
企画 津山圏域工業会
製作 株式会社テレビ津山
企画 津山圏域工業会
製作 株式会社テレビ津山
潟Aドバン TV取材
株式会社アドバンさんのTV取材を行いました。
企画 津山圏域工業会
製作 株式会社テレビ津山
企画 津山圏域工業会
製作 株式会社テレビ津山
2010年03月03日
ハイテク機器などの精密メカユニット製造の興和製作所奈義工場を訪問
品質第一をモットーに時代のニーズを的確にとらえる部品加工、生産技術でテクノロジーの未来を切り開く、株式会社興和製作所奈義工場 宇野義久部長と花房清至製造課課長代理にお話を伺いました。

写真_葛サ和製作所奈義工場


写真_宇野部長、花房課長代理
―業務内容を教えてください。
(宇野さん)こちらの奈義工場では精密機器の製造を行っています。もともとは時計やカメラのギアをつくるのがきっかけで生まれた会社なんです。
―どちらで起業されたのですか?
(宇野さん)会社の先代の社長が時計職人でして、大阪で生まれた会社です。和歌山県出身の当時の社長が、「和」歌山を元気に「興(おこ)」そう、ということで、社名を興和製作所にしたそうです。地元をよくしようという思いがあったそうです。
―この会社に入社してみていかがでしたか?
(宇野さん)大手の会社と違う、この会社の特長は「やろうと思えば何でもチャレンジできる」ということです。会社の方針に基づいて、チャレンジすることが楽しいと思う人は、この会社がとても楽しく思えるはずです。
(花房さん)私は岡山工場で採用されたのですが、営業志望したところ、現場をよく知るべきだということで、3年ほど大阪本社で勉強をして、現在は奈義工場を任されています。
―花房さんはお若いですが、奈義工場を任されているのですね。
(花房さん)現在35歳です。
―エネルギッシュな職場のようですね。では、今までに印象に残っていることは?
(宇野さん)こちらの工場が開業した頃(1997年)、マウンテンバイクが流行っていまして、工場ではフロントサスペンションを作っていました。注文が追いつかなくて、24時間体制でフル稼働していたのを覚えています。
(花房さん)シドニー五輪の代表選手がうちの製品を使った自転車に乗っていたのですよ。
―すごいですね。オリンピック仕様なら高い品質を求められますね。ではこちらの主力製品を教えてください。
(宇野さん)半導体や液晶テレビのガラス基盤を運ぶ機械や医療器械、例えば人工関節や手術用工具など高精度が求められる製品を作っています。

―では、今一番力を入れていることは何ですか?
(宇野さん)良い人材を集めることですね。少数精鋭のチームで品質を高めることに力を入れています。
―どんな方を採用したいですか?
(宇野さん)ものづくりが本当に好きな、何がしたいのかをはっきりと言える人ですね。ものを作るために「考える」ことが大事だと思いますね。
(花房さん)学生の方にお伝えしたいんですが、奈義は「雪が多くて大変」という印象があるみたいなんですが、通勤に困るようなことはないので、どうか誤解しないでくださいね(笑)。
―わかりました。必ず掲載しますので(笑)。では、こちらでは人材育成にどのように取り組んでおられますか?
(宇野さん)外にでて、いろいろな経験をして学び取ることを大事にしています。自分で自発的に勉強しようとする取り組みを尊重するようにしていますね。
―社員との接し方で特に気をつけておられることは?
(宇野さん)あまりうるさく言わないようにしています(笑)。
―では、最後に今後の目標と課題をお願いします。
(宇野さん)地域の若い人にとって魅力的な会社になりたいと、魅力ある会社づくりに取り組みたいと思っています。
(花房さん)そのためにはこういったブログなどで情報発信できる仕組みづくりが必要だと思っています。
入社8年目の森山渚さん(28歳)と入社7年目の國忠悟さん(27歳)にお話を伺いました。


写真_森山さん、國忠さん
―どうして入社しようと思いましたか。
(森山さん)津山高専在学時に就職を相談した先生にこちらの会社を勧められて入社しました。地元(県北)への就職志望でしたので。
(國忠さん)私も津山高専の在学中に就職を相談した先生にこちらの会社を勧められて入社しました。
―現在の仕事を教えてください。
(森山さん)マシニングセンターの外段取り作業を担当しています。加工する為に必要な工具や図面、治具などを用意しています。
(國忠さん)私は3軸、4軸、5軸加工のマシニングセンターの内段取り作業を担当しています。外段取りが用意してくれた工具、治具などを機械に取り付けて操作し、製品を加工しています。
―困ったことはありましたか?
(森山さん)女子更衣室が物置状態だったんです。仕事中は作業着を着用するので着替えが必要になりますし。今はきれいにして使っているので女子学生さん、ぜひ入ってきてください(笑)。
(國忠さん)加工の技術について、わからないことが多く大変でしたが、先輩に助けてもらいました。うちの工場は27〜33歳の若いチームで仕事をしているので和気あいあいとしていてとても楽しいですよ。
(森山さん)夏はバーベキューをしたり、鍋パーティーをしたり、お酒を飲んでも会社の寮に泊まることができるので、みんな本当に仲がいいです。ちなみに寮費はタダなんです。
―学生生活並みに楽しそうですね。では、学生時代の思い出は?
(森山さん)よく遊んでいた思い出がありますね。アルバイトもしましたし、部活はバスケ部で私が学校にいたときに新しく部を作ってもらいました。
(國忠さん)硬式テニスを頑張っていました。あとは学校のレポート提出が結構大変で、苦労したのを覚えています(笑)。
―今、頑張っていることは?
(森山さん)作業の効率化ですね。今やっている仕事がすごく好きで、やりがいもあって、もっともっと効率よくできることがないか、と取り組んでいます。このあと、ぜひ工場も見てくださいね。
(國忠さん)私も作業の効率化や、加工技術の向上、品物の取替えや取り付け作業などを改善していくことを頑張っています。
―仕事が大好きなことが伝わってくるお話ですが、では社会人になって感じたことは?
(森山さん)責任です。私たちが準備した工具が悪かったら、不良品が出るだけでなく、場合によっては工具が破損して作業をしている人たちにケガをさせてしまうので、そこは、とても責任を感じる部分です。
(國忠さん)機械を使うことで危険なこともありますし、間違った手順で機械を壊すことがあってはいけないのでその点は責任をもって気をつけています。また、自分のところの製品も一般に使われることになるわけですから、とても責任を感じて仕事に取り組んでいます。
―では、これから就職を目指す人へアドバイスするとしたら?
(森山さん)自分の望んだ企業に就職できても、できなかったとしても、最低3年はその仕事を続けて欲しいと思います。自分にその仕事が向いているかどうかは、見極めるのに3年はかかると思うんですね。私自身、そんなに最初は仕事に興味はなかったのですが、4年目には仕事のうえで責任を持たされる立場になり、仕事にも興味とやりがいが出てきましたから。

(國忠さん)私も最初は仕事に興味はなかったのですが、今ではものづくりに楽しさが見出され、仕事がすごく楽しくなりました。それで最近、自分はものづくりが好きだったんだな、という実感がわいてきました。

(森山さん)あとは実家から通えるところがいいと思いますよ。慣れない仕事に慣れない一人暮らしはとても大変です。私は実家から通っているので、親に家のことを何もかもしてもらっていて、とてもありがたかったので。
―都会で一人暮らしをしてみたいとは思わなかったですか?
(森山さん)最初の頃は、都会に出たいな、一人暮らしをしたいな、とか思っていましたけど、今実感することは経済的なことも含めて、実家から通えるところに就職してよかったな、と思っています。
―では、奈義の印象はいかがですか?
(森山さん)飲食店が少ないかな?夜遅くまで仕事をして、ちょっとご飯でも食べに行こうか、となったときに飲食店がもっと増えたらよいのにな、と思います。あとは、自然も多いし良いところですよ。雪は市外の方がみなさん思っているほどそんなに降らないんですよ。
―では、自社をPRしてください。
(森山さん)チャレンジできることです。良い意味でも悪い意味でも「若い」のでチームワークよくて、縦割り社会ではないので、やりたいことにチャレンジさせてもらえることです。
(國忠さん)休憩所で普通に話していることが、提案として採用されたり、本当にいろいろと意見が話しやすい職場です。
取材後記
工場のみなさんの若さとアイデアが、みんなで考えるというチームワークにつながり、更に良くなるための努力を自発的に行う環境につながっているのではないでしょうか。取材の印象は、とにかくみなさんが明るい表情で楽しそうに仕事の説明をしてくださったこと。若い人が自由に「こうしたい」と言える環境が自然にあるような、今までにない新しいタイプの工場でした。あと、実家から通える企業に就職すること、最低3年は仕事を続けてほしい、と言った森山さんの言葉は、先輩の意見として参考になればと思います。
(取材:国本、山本)
写真_葛サ和製作所奈義工場
写真_宇野部長、花房課長代理
―業務内容を教えてください。
(宇野さん)こちらの奈義工場では精密機器の製造を行っています。もともとは時計やカメラのギアをつくるのがきっかけで生まれた会社なんです。
―どちらで起業されたのですか?
(宇野さん)会社の先代の社長が時計職人でして、大阪で生まれた会社です。和歌山県出身の当時の社長が、「和」歌山を元気に「興(おこ)」そう、ということで、社名を興和製作所にしたそうです。地元をよくしようという思いがあったそうです。
―この会社に入社してみていかがでしたか?
(宇野さん)大手の会社と違う、この会社の特長は「やろうと思えば何でもチャレンジできる」ということです。会社の方針に基づいて、チャレンジすることが楽しいと思う人は、この会社がとても楽しく思えるはずです。
(花房さん)私は岡山工場で採用されたのですが、営業志望したところ、現場をよく知るべきだということで、3年ほど大阪本社で勉強をして、現在は奈義工場を任されています。
―花房さんはお若いですが、奈義工場を任されているのですね。
(花房さん)現在35歳です。
―エネルギッシュな職場のようですね。では、今までに印象に残っていることは?
(宇野さん)こちらの工場が開業した頃(1997年)、マウンテンバイクが流行っていまして、工場ではフロントサスペンションを作っていました。注文が追いつかなくて、24時間体制でフル稼働していたのを覚えています。
(花房さん)シドニー五輪の代表選手がうちの製品を使った自転車に乗っていたのですよ。
―すごいですね。オリンピック仕様なら高い品質を求められますね。ではこちらの主力製品を教えてください。
(宇野さん)半導体や液晶テレビのガラス基盤を運ぶ機械や医療器械、例えば人工関節や手術用工具など高精度が求められる製品を作っています。
―では、今一番力を入れていることは何ですか?
(宇野さん)良い人材を集めることですね。少数精鋭のチームで品質を高めることに力を入れています。
―どんな方を採用したいですか?
(宇野さん)ものづくりが本当に好きな、何がしたいのかをはっきりと言える人ですね。ものを作るために「考える」ことが大事だと思いますね。
(花房さん)学生の方にお伝えしたいんですが、奈義は「雪が多くて大変」という印象があるみたいなんですが、通勤に困るようなことはないので、どうか誤解しないでくださいね(笑)。
―わかりました。必ず掲載しますので(笑)。では、こちらでは人材育成にどのように取り組んでおられますか?
(宇野さん)外にでて、いろいろな経験をして学び取ることを大事にしています。自分で自発的に勉強しようとする取り組みを尊重するようにしていますね。
―社員との接し方で特に気をつけておられることは?
(宇野さん)あまりうるさく言わないようにしています(笑)。
―では、最後に今後の目標と課題をお願いします。
(宇野さん)地域の若い人にとって魅力的な会社になりたいと、魅力ある会社づくりに取り組みたいと思っています。
(花房さん)そのためにはこういったブログなどで情報発信できる仕組みづくりが必要だと思っています。
入社8年目の森山渚さん(28歳)と入社7年目の國忠悟さん(27歳)にお話を伺いました。
写真_森山さん、國忠さん
―どうして入社しようと思いましたか。
(森山さん)津山高専在学時に就職を相談した先生にこちらの会社を勧められて入社しました。地元(県北)への就職志望でしたので。
(國忠さん)私も津山高専の在学中に就職を相談した先生にこちらの会社を勧められて入社しました。
―現在の仕事を教えてください。
(森山さん)マシニングセンターの外段取り作業を担当しています。加工する為に必要な工具や図面、治具などを用意しています。
(國忠さん)私は3軸、4軸、5軸加工のマシニングセンターの内段取り作業を担当しています。外段取りが用意してくれた工具、治具などを機械に取り付けて操作し、製品を加工しています。
―困ったことはありましたか?
(森山さん)女子更衣室が物置状態だったんです。仕事中は作業着を着用するので着替えが必要になりますし。今はきれいにして使っているので女子学生さん、ぜひ入ってきてください(笑)。
(國忠さん)加工の技術について、わからないことが多く大変でしたが、先輩に助けてもらいました。うちの工場は27〜33歳の若いチームで仕事をしているので和気あいあいとしていてとても楽しいですよ。
(森山さん)夏はバーベキューをしたり、鍋パーティーをしたり、お酒を飲んでも会社の寮に泊まることができるので、みんな本当に仲がいいです。ちなみに寮費はタダなんです。
―学生生活並みに楽しそうですね。では、学生時代の思い出は?
(森山さん)よく遊んでいた思い出がありますね。アルバイトもしましたし、部活はバスケ部で私が学校にいたときに新しく部を作ってもらいました。
(國忠さん)硬式テニスを頑張っていました。あとは学校のレポート提出が結構大変で、苦労したのを覚えています(笑)。
―今、頑張っていることは?
(森山さん)作業の効率化ですね。今やっている仕事がすごく好きで、やりがいもあって、もっともっと効率よくできることがないか、と取り組んでいます。このあと、ぜひ工場も見てくださいね。
(國忠さん)私も作業の効率化や、加工技術の向上、品物の取替えや取り付け作業などを改善していくことを頑張っています。
―仕事が大好きなことが伝わってくるお話ですが、では社会人になって感じたことは?
(森山さん)責任です。私たちが準備した工具が悪かったら、不良品が出るだけでなく、場合によっては工具が破損して作業をしている人たちにケガをさせてしまうので、そこは、とても責任を感じる部分です。
(國忠さん)機械を使うことで危険なこともありますし、間違った手順で機械を壊すことがあってはいけないのでその点は責任をもって気をつけています。また、自分のところの製品も一般に使われることになるわけですから、とても責任を感じて仕事に取り組んでいます。
―では、これから就職を目指す人へアドバイスするとしたら?
(森山さん)自分の望んだ企業に就職できても、できなかったとしても、最低3年はその仕事を続けて欲しいと思います。自分にその仕事が向いているかどうかは、見極めるのに3年はかかると思うんですね。私自身、そんなに最初は仕事に興味はなかったのですが、4年目には仕事のうえで責任を持たされる立場になり、仕事にも興味とやりがいが出てきましたから。
(國忠さん)私も最初は仕事に興味はなかったのですが、今ではものづくりに楽しさが見出され、仕事がすごく楽しくなりました。それで最近、自分はものづくりが好きだったんだな、という実感がわいてきました。
(森山さん)あとは実家から通えるところがいいと思いますよ。慣れない仕事に慣れない一人暮らしはとても大変です。私は実家から通っているので、親に家のことを何もかもしてもらっていて、とてもありがたかったので。
―都会で一人暮らしをしてみたいとは思わなかったですか?
(森山さん)最初の頃は、都会に出たいな、一人暮らしをしたいな、とか思っていましたけど、今実感することは経済的なことも含めて、実家から通えるところに就職してよかったな、と思っています。
―では、奈義の印象はいかがですか?
(森山さん)飲食店が少ないかな?夜遅くまで仕事をして、ちょっとご飯でも食べに行こうか、となったときに飲食店がもっと増えたらよいのにな、と思います。あとは、自然も多いし良いところですよ。雪は市外の方がみなさん思っているほどそんなに降らないんですよ。
―では、自社をPRしてください。
(森山さん)チャレンジできることです。良い意味でも悪い意味でも「若い」のでチームワークよくて、縦割り社会ではないので、やりたいことにチャレンジさせてもらえることです。
(國忠さん)休憩所で普通に話していることが、提案として採用されたり、本当にいろいろと意見が話しやすい職場です。
取材後記
工場のみなさんの若さとアイデアが、みんなで考えるというチームワークにつながり、更に良くなるための努力を自発的に行う環境につながっているのではないでしょうか。取材の印象は、とにかくみなさんが明るい表情で楽しそうに仕事の説明をしてくださったこと。若い人が自由に「こうしたい」と言える環境が自然にあるような、今までにない新しいタイプの工場でした。あと、実家から通える企業に就職すること、最低3年は仕事を続けてほしい、と言った森山さんの言葉は、先輩の意見として参考になればと思います。
(取材:国本、山本)
2009年11月16日
超精密機器部品製造のハリキ精工株式会社岡山工場を訪問
「小さな部品で大きな信頼」をモットーに自動車やIT・AV・医療機器等の超精密機器部品を製造するハリキ精工岡山工場。
現代の自動車・高度情報化社会において、企業としての社会貢献に取り組む、ハリキ精工株式会社岡山工場 小林孝一取締役製造部門統括にお話を伺いました。


写真_小林取締役
―業務内容を教えてください。
こちらの岡山工場では自動車のシャフト部品製造を全体の8割、また、医療機器や航空機関係の部品製造を2割行っています。
―具体的にはどのようなものを作っていますか。
みなさんがよくお分かりになるもので言えば、自動車用エアコンに使うコンプレッサーの風量調整バルブシャフトで、トヨタさんや日産さんをはじめとした国産自動車メーカーの6,7割はうちの部品を使っています。あと、自動車のバンパーについているコーナーセンサーは全世界の6割程がうちの部品を使ったもので作られています。
―すごいですね。まさに世界を視野にされた会社ですが、入社したきっかけを教えてください。
もとは大阪で製造業の会社に就職していたのですが、長男ということもあって27歳の時にこちらにUターンすることになりました。ものづくりが好きだったので、大阪での仕事も充実感がありました。事務職、いわゆる机の上の仕事は自分には向いてないなというのがわかってましたから(笑)、帰ってきて家から近いこともあり、こちらに就職することになりました。
―入社当時困ったことはありましたか?
大阪での仕事は食品関係の製造でしたから、こちらの会社で行う仕事、いわゆる機械を動かすためのプログラムを組んだりしたことはなかったわけで。プログラムもわからない、機械の名前もわからない中でのスタートでしたからとても不安でした。しかし、ひとつひとつ仕事を覚えていくことで「ものをつくる」喜び、自分が作った製品ができたときの喜びはひとしおでした。ですから不安とか違和感といったものはすぐにどこかへ飛んでいきましたね。
―仕事を覚えるために努力したこととは?
そうですね、私が入社した頃、仕事で任された図面を必ずその日のうちにやり遂げて帰宅するという信念がありました。ですから朝方まで作業したこともありましたし、夜中の1時2時はざらでしたし、でもそれが苦にはならなかったですね。今から考えたら「何を考えてるのか」って思いますけれど(笑)
―本当に「ものをつくる」ことが大好きなエピソードですね(笑)。では、仕事上、特に印象に残っていることとは?
入社当時、難しい加工を可能にした複合加工ができるNC工作機械が入ったばかりでして、その担当をされていた方が急に辞められて、誰も操作する人がいなくなってしまいました。しかし、そんな事情でもお客さんから図面が会社には送られてきて、それで私が担当することになったのですが、プログラムを作っても動かしてはエラーになり、困ってメーカー担当の方に問い合わせをし、また動かしてはエラーになり、と大変苦戦しましたね。実戦で覚えたようなものです。実際には動くようになるまで1週間はかかりましたね。誰も教えてくれる人がいないわけです、みんなわからない訳ですから(笑)
―大役でしたね(笑)。そうした実戦での経験などを通じて、今のお立場から社員の方に伝えたいこととは?
会社として他との競争を勝ち抜く上でも技術力は重要で、社員が力をつける為ならいろいろな面での支援は惜しまないと思っています。本人の努力も必要ですけど、会社としての教育はとても大事です。また、特に思うのは、一人の技術だけではなかなかステップアップしない、何人かの集まりのなかで、切磋琢磨し、それを持ち寄ることで会社として力をつけていくものだと思っています。
―チームワークが大事なのですね。では社員との接し方で気をつけておられることは?
そうですね。特に若い社員は私たちが普通に話しかけても緊張することがあると思うので、だからなるべく仕事の話はしないようにしています(笑)。これから寒くなる時期でしたら「風邪をひいてないか?」といった日常会話をするようにしています。仕事に関することは課長たちに聞けばわかることですからね。
―では社員を採用される際に重視されることがあれば教えていただけますか?
いろんなことに積極的に取り組む人ですかね。あとは学校での休みの状況。仕事をする上で自己管理ができる人かどうかと、休むことで仕事上周囲に迷惑をかける、いわゆるチームワークを重視する点ということで、これは特に重要だと考えています。
―学生の方には貴重なご意見ですね。ではご自身の学生時代についてお尋ねします。
学生時代は勉強より、好きなことをして過ごしました。楽しい思い出はたくさんあります。もちろん失敗したこともたくさんありますが、それが全部マイナスにはならないと思うんですよ。どんなときでも失敗して「もうダメだ」ということは絶対なく、いかに前向きにとらえてプラスに変えていくかが大事だと思います。
―趣味や興味のあるものについて教えていただけますか。
家でじっとしているのが苦手でして(笑)。休みの日はゴルフやソフトボールなどのスポーツ全般やドライブを楽しんでいます。この前も会社のみんなでゴルフコンペをやったんですよ。
―会社のみなさんで行事をされたりするのですか。
工場の社員みんなでつくる「岡友会」というグループがあります。ボーリング大会や1日旅行をやったり、ベトナムにある工場から人が来れば歓迎会をしたりしています。
―ベトナム工場とは交流があるのですか?
結構ありますよ。今月も新しい機械を買ったのでそれを勉強しにベトナムから3名が技術習得のために来ています。ベトナムの方は勤勉で日本語の勉強も熱心なので言葉の問題もないですね。私も来週出張でベトナムに行きますし、うちの若い社員にも貴重な経験としてベトナムへ行きたければいつでも言うように言っています。若いうちの経験はなにものにも変えがたいものです。
―最後に今後の目標を教えてください。
ものづくりで言えば今までやったことのない分野、例えば燃料電池の開発などに挑戦したいと思っています。実はこの度、今までにないような規模の機械を導入するので、それに見合うような技術や工法を習得したいと思っています。
入社7年目で同期でもある采女達也さん(29歳)と岡本誠司さん(24歳)にお話を伺いました。


写真_采女さん 写真_岡本さん
―どうして入社しようと思いましたか。
(采女さん)専門学校を卒業後、電子部品の検査の仕事をしていたのですが、もともと「ものづくり」が好きだったことと、機械を扱うことが好きだったので、この会社に入社しました。
(岡本さん)津山商業高校に通っていたのですが、機械をさわるのが好きだったのと、学校の先生の紹介があって、この会社に入社しました。
―会社に入ってみていかがでしたか?
(采女さん)思っていた以上に精密なものを加工しているんだなあ、というのが第一印象でした。小さいものでは2、3ミリの加工、例えばパソコンや家電機器に使うハードディスクに使われる部品を作るので、技術のある会社なんだなあ、と思いましたね。
(岡本さん)第一印象はこの会社はみんないい人だなあ、ということでした。高校にいるのとかわらない感じが入った頃にしていました。

―困ったことはありましたか?
(采女さん)いろんな種類の機械操作を覚えるために時間がかかったのは苦労しましたね。
(岡本さん)商業高校だったので製造業の勉強をしていなかったので、いろんなギャップを感じることはありました。
―学生時代の思い出を教えてください。
(采女さん)高校時代は部活の弓道を頑張っていました。県大会に出場したりして、頑張っていましたよ。
(岡本さん)高校時代は部活の柔道ばかりやっていました。ライバル校に負けないよう練習をよくしました。先輩たちはよく全国大会にも出てましたが(笑)。
―今、頑張っていることは?
(采女さん)仕事の面でいえば、技術力の向上です。新規の仕事などがあったら積極的にチャレンジして加工技術を上げていきたいと思い頑張っています。あとは、家庭を大事にしたいと思っています。
(岡本さん)今年、子どもが生まれたので今は子育てを頑張っています。
―社会人になって感じることは?
(采女さん)自分の作った製品が世の中に出て使われていることの喜びとそれなりの責任を強く感じることです。いろいろ辛いこともあるけど、楽しいこともあります。
(岡本さん)いいかげんなことはできない(笑)仕事も子育ても。

―これから就職を目指す人へアドバイスするとしたら?
(采女さん)どの会社に入るにしても、自分で調べて、自分で決めて入ることですね。工場見学などもして、会社のことをよく知るべきだと思います。
(岡本さん)学校の授業でもあると思いますが、パソコンは使えるようになっておいた方がいいと思います。エクセルやワードはどんな仕事でも使うので。
―自社をPRしてください。
(采女さん)NC機械の設置台数はこのあたりでも他にないのではと思いますし、精密な加工ができる技術には自信を持てる会社です。
(岡本さん)人間関係が非常によい会社です。二人とも「岡友会」の実行委員会ですし(笑)、本当に社員のみなさんが仲のいい会社です。
取材後記
自分が苦労して作ったものが形として生まれる、そして誰かが使ってくれる喜びを知ることは「ものづくり」にかかわる人すべての幸福であり、企業としての社会に貢献する意義であることを今回の取材でお話をうかがうことで知ることができました。
日本が世界に誇れる「ものづくり」の技術と喜びを、一人でも多くの若いみなさんが知るきっかけとして、このブログがお役に立てればと思った取材班でした。
(取材:国本、町田)
現代の自動車・高度情報化社会において、企業としての社会貢献に取り組む、ハリキ精工株式会社岡山工場 小林孝一取締役製造部門統括にお話を伺いました。
写真_小林取締役
―業務内容を教えてください。
こちらの岡山工場では自動車のシャフト部品製造を全体の8割、また、医療機器や航空機関係の部品製造を2割行っています。
―具体的にはどのようなものを作っていますか。
みなさんがよくお分かりになるもので言えば、自動車用エアコンに使うコンプレッサーの風量調整バルブシャフトで、トヨタさんや日産さんをはじめとした国産自動車メーカーの6,7割はうちの部品を使っています。あと、自動車のバンパーについているコーナーセンサーは全世界の6割程がうちの部品を使ったもので作られています。
―すごいですね。まさに世界を視野にされた会社ですが、入社したきっかけを教えてください。
もとは大阪で製造業の会社に就職していたのですが、長男ということもあって27歳の時にこちらにUターンすることになりました。ものづくりが好きだったので、大阪での仕事も充実感がありました。事務職、いわゆる机の上の仕事は自分には向いてないなというのがわかってましたから(笑)、帰ってきて家から近いこともあり、こちらに就職することになりました。
―入社当時困ったことはありましたか?
大阪での仕事は食品関係の製造でしたから、こちらの会社で行う仕事、いわゆる機械を動かすためのプログラムを組んだりしたことはなかったわけで。プログラムもわからない、機械の名前もわからない中でのスタートでしたからとても不安でした。しかし、ひとつひとつ仕事を覚えていくことで「ものをつくる」喜び、自分が作った製品ができたときの喜びはひとしおでした。ですから不安とか違和感といったものはすぐにどこかへ飛んでいきましたね。
―仕事を覚えるために努力したこととは?
そうですね、私が入社した頃、仕事で任された図面を必ずその日のうちにやり遂げて帰宅するという信念がありました。ですから朝方まで作業したこともありましたし、夜中の1時2時はざらでしたし、でもそれが苦にはならなかったですね。今から考えたら「何を考えてるのか」って思いますけれど(笑)
―本当に「ものをつくる」ことが大好きなエピソードですね(笑)。では、仕事上、特に印象に残っていることとは?
入社当時、難しい加工を可能にした複合加工ができるNC工作機械が入ったばかりでして、その担当をされていた方が急に辞められて、誰も操作する人がいなくなってしまいました。しかし、そんな事情でもお客さんから図面が会社には送られてきて、それで私が担当することになったのですが、プログラムを作っても動かしてはエラーになり、困ってメーカー担当の方に問い合わせをし、また動かしてはエラーになり、と大変苦戦しましたね。実戦で覚えたようなものです。実際には動くようになるまで1週間はかかりましたね。誰も教えてくれる人がいないわけです、みんなわからない訳ですから(笑)
―大役でしたね(笑)。そうした実戦での経験などを通じて、今のお立場から社員の方に伝えたいこととは?
会社として他との競争を勝ち抜く上でも技術力は重要で、社員が力をつける為ならいろいろな面での支援は惜しまないと思っています。本人の努力も必要ですけど、会社としての教育はとても大事です。また、特に思うのは、一人の技術だけではなかなかステップアップしない、何人かの集まりのなかで、切磋琢磨し、それを持ち寄ることで会社として力をつけていくものだと思っています。
―チームワークが大事なのですね。では社員との接し方で気をつけておられることは?
そうですね。特に若い社員は私たちが普通に話しかけても緊張することがあると思うので、だからなるべく仕事の話はしないようにしています(笑)。これから寒くなる時期でしたら「風邪をひいてないか?」といった日常会話をするようにしています。仕事に関することは課長たちに聞けばわかることですからね。
―では社員を採用される際に重視されることがあれば教えていただけますか?
いろんなことに積極的に取り組む人ですかね。あとは学校での休みの状況。仕事をする上で自己管理ができる人かどうかと、休むことで仕事上周囲に迷惑をかける、いわゆるチームワークを重視する点ということで、これは特に重要だと考えています。
―学生の方には貴重なご意見ですね。ではご自身の学生時代についてお尋ねします。
学生時代は勉強より、好きなことをして過ごしました。楽しい思い出はたくさんあります。もちろん失敗したこともたくさんありますが、それが全部マイナスにはならないと思うんですよ。どんなときでも失敗して「もうダメだ」ということは絶対なく、いかに前向きにとらえてプラスに変えていくかが大事だと思います。
―趣味や興味のあるものについて教えていただけますか。
家でじっとしているのが苦手でして(笑)。休みの日はゴルフやソフトボールなどのスポーツ全般やドライブを楽しんでいます。この前も会社のみんなでゴルフコンペをやったんですよ。
―会社のみなさんで行事をされたりするのですか。
工場の社員みんなでつくる「岡友会」というグループがあります。ボーリング大会や1日旅行をやったり、ベトナムにある工場から人が来れば歓迎会をしたりしています。
―ベトナム工場とは交流があるのですか?
結構ありますよ。今月も新しい機械を買ったのでそれを勉強しにベトナムから3名が技術習得のために来ています。ベトナムの方は勤勉で日本語の勉強も熱心なので言葉の問題もないですね。私も来週出張でベトナムに行きますし、うちの若い社員にも貴重な経験としてベトナムへ行きたければいつでも言うように言っています。若いうちの経験はなにものにも変えがたいものです。
―最後に今後の目標を教えてください。
ものづくりで言えば今までやったことのない分野、例えば燃料電池の開発などに挑戦したいと思っています。実はこの度、今までにないような規模の機械を導入するので、それに見合うような技術や工法を習得したいと思っています。
入社7年目で同期でもある采女達也さん(29歳)と岡本誠司さん(24歳)にお話を伺いました。
写真_采女さん 写真_岡本さん
―どうして入社しようと思いましたか。
(采女さん)専門学校を卒業後、電子部品の検査の仕事をしていたのですが、もともと「ものづくり」が好きだったことと、機械を扱うことが好きだったので、この会社に入社しました。
(岡本さん)津山商業高校に通っていたのですが、機械をさわるのが好きだったのと、学校の先生の紹介があって、この会社に入社しました。
―会社に入ってみていかがでしたか?
(采女さん)思っていた以上に精密なものを加工しているんだなあ、というのが第一印象でした。小さいものでは2、3ミリの加工、例えばパソコンや家電機器に使うハードディスクに使われる部品を作るので、技術のある会社なんだなあ、と思いましたね。
(岡本さん)第一印象はこの会社はみんないい人だなあ、ということでした。高校にいるのとかわらない感じが入った頃にしていました。
―困ったことはありましたか?
(采女さん)いろんな種類の機械操作を覚えるために時間がかかったのは苦労しましたね。
(岡本さん)商業高校だったので製造業の勉強をしていなかったので、いろんなギャップを感じることはありました。
―学生時代の思い出を教えてください。
(采女さん)高校時代は部活の弓道を頑張っていました。県大会に出場したりして、頑張っていましたよ。
(岡本さん)高校時代は部活の柔道ばかりやっていました。ライバル校に負けないよう練習をよくしました。先輩たちはよく全国大会にも出てましたが(笑)。
―今、頑張っていることは?
(采女さん)仕事の面でいえば、技術力の向上です。新規の仕事などがあったら積極的にチャレンジして加工技術を上げていきたいと思い頑張っています。あとは、家庭を大事にしたいと思っています。
(岡本さん)今年、子どもが生まれたので今は子育てを頑張っています。
―社会人になって感じることは?
(采女さん)自分の作った製品が世の中に出て使われていることの喜びとそれなりの責任を強く感じることです。いろいろ辛いこともあるけど、楽しいこともあります。
(岡本さん)いいかげんなことはできない(笑)仕事も子育ても。
―これから就職を目指す人へアドバイスするとしたら?
(采女さん)どの会社に入るにしても、自分で調べて、自分で決めて入ることですね。工場見学などもして、会社のことをよく知るべきだと思います。
(岡本さん)学校の授業でもあると思いますが、パソコンは使えるようになっておいた方がいいと思います。エクセルやワードはどんな仕事でも使うので。
―自社をPRしてください。
(采女さん)NC機械の設置台数はこのあたりでも他にないのではと思いますし、精密な加工ができる技術には自信を持てる会社です。
(岡本さん)人間関係が非常によい会社です。二人とも「岡友会」の実行委員会ですし(笑)、本当に社員のみなさんが仲のいい会社です。
取材後記
自分が苦労して作ったものが形として生まれる、そして誰かが使ってくれる喜びを知ることは「ものづくり」にかかわる人すべての幸福であり、企業としての社会に貢献する意義であることを今回の取材でお話をうかがうことで知ることができました。
日本が世界に誇れる「ものづくり」の技術と喜びを、一人でも多くの若いみなさんが知るきっかけとして、このブログがお役に立てればと思った取材班でした。
(取材:国本、町田)
2009年09月24日
自動車用電装品製造の潟fンソー勝山を訪問
国内最大の自動車部品メーカーで、世界トップシェアの製品も数多く有するデンソーグループ。
その中で常に優れた製品の提供と技術開発に取り組む、株式会社デンソー勝山 山下 博久取締役社長にお話を伺いました。


写真_山下社長 写真_潟fンソー勝山
業務内容を教えてください。
当社では、自動車部品の中でも、発電機に使用される「電機製品」、ガソリンエンジンの点火に使用される「エンジン機器製品」、ガソリン・排気をコントロールする「機能品製品」を製造しています。
電機製品として、オルタネータ(車のバッテリーに充電する為の発電機)の部品を製造していますが、世界で走っている自動車の約3分の1にデンソー製のオルタネータが使われているんですよ。
すごいですね。まさに世界規模の会社ですが、入社したきっかけを教えてください。
もともとは車が大変好きでした。入社は1972年で、当時人気のあった会社は鉄鋼業などでしたが、自動車の分野でのエレクトロニクス化が進むのではないかと思っていたので、出身の熊本から会社のあった愛知のデンソー(当時の日本電装梶jへ入社しました。
今のデンソー勝山にはいつ来られたのですか?
デンソー勝山の社長に就任したのは2004年です。その年は大型台風がこの地域に上陸(台風23号)して、電線が切れたりなどの被害で工場を動かすための電力を確保するのに大変苦労した思い出があります。勝山の地には、今まで大型台風の上陸がほとんど無かったため「山下さんが台風を連れてきた」とも言われました(笑)
この地域の印象はいかがでしたか?
勝山の人はいい人が多く、地域のつながりもあり、みんな仲がよく、とけ込みやすい印象があります。ただ、勝山での単身生活で経験することになった人生初の自炊生活には困りましたね(苦笑)。
ご苦労されたのですね(笑)。では、現在、特に力を入れて取り組んでいることは?
デンソー勝山にしかできない、特色のある分野を作り競争力の強化につなげたいと考えています。その昔、先輩から「奈良の鹿になれ」と教わったことがあります。奈良→○○ならできる、鹿→○○しかできない、という意味で、社員にもそうあって欲しいと思っています。
なるほど!いい言葉ですね。ではその社員となるべく、どんな方を採用したいですか?
まず、チャレンジ精神のある人、そしてコミュニケーション能力のある人。自分の主張や考えをしっかりと相手に伝えることができる人ですね。会社では一人一人が問題意識をもって課題に気づき、解決していく事が大切です
人材育成についてはどのようにお考えですか?
デンソーグループの基本は「ものづくりは人づくり」。技術開発も大切ですが、まずは、社会貢献も視野に入れた人材の育成が大切だと考えています。
例えば、地球には重力がありますよね。その重力は人のモチベーションまでも下げてしまう、上昇志向があって、やっと水平(現状)が保たれるわけで。ですから現状に満足するのではなく、新たな分野への挑戦を常に続けていかなければと考えています。現在、4名の社員がデンソー本社で実務研修を受けていて、将来に向けて、技術と人づくりについて取り組んでいます。
人づくりとして、社長ご自身、社員との接し方などで何か気をつけておられることは?
一日に2、3回は工場の現場をまわって社員に声掛けをしています。社員がよろこんでくれたのは、昨年行った北海道の社員旅行。
新入社員が入れば歓迎ボーリング大会や潮干狩りにもみんなで行ったりします。組織では、セクションにとらわれず、横のコミュニケーションが大切ですので、そう言った面でもプラスになると思います。
楽しそうですね。では、社長の現在の趣味は?
ドライブや小旅行ですかね。愛知県岡崎(社長の自宅)まで車で帰ったり、5月には、軽井沢までこちらから車で旅行しました。
昔から車がお好きだと伺いましたが、学生時代はどのように過ごされたのですか?
学生時代ですか、う〜ん、勉強はあまりしなかったですね(笑)。熊本での学生時代は硬式テニスに夢中でした。今でも当時の仲間とは付き合いがあって、先には還暦祝いの同窓会を開く予定もあります。学生時代の仲間は人生の宝ですね。
同感です。では最後に今後の目標と課題をお願いします。
デンソー勝山が今後も発展し続けるよう、会社としての競争力を強化し、そのためには課題として人材育成と技術力のアップを目指していきたいと思っています。
今春入社した中嶋佳太さん(24歳)と入社2年目の川口沙輝さん(19歳)にお話を伺いました。


写真_中嶋さん 写真_川口さん
どうして入社しようと思いましたか。
(中嶋さん)福岡出身ですが、大学は岡山でしたので、就職活動の中でデンソー勝山へ入社しました。
(川口さん)地元であることと、入社前に2回ほど会社訪問しまして、みなさんがやさしく挨拶して下さって、温かい雰囲気のある会社というイメージがあって入社しました。
現在の仕事を教えてください。
(中嶋さん)社内用パソコン、サーバー等のメンテナンスや管理が担当ですが、いろんな事を勉強する意味から、生産ラインの補佐業務も行っています。
(川口さん)オルタネータの中身であるブラシなどの加工、はんだ付けや組み付け、検査を行っていて、ローテーションでいろいろなラインの仕事を勉強しています。
困ったことはありますか?
(中嶋さん)現在、今の仕事を一人で行っているので…教えてくれる人がいないことです(苦笑)。学生時代は科学・物理を専攻していたのでコンピューターについての知識は会社に入って調べながらやっています。
(川口さん)私は特にありません。周りの方々に支えてもらっているので、わからない事はすぐに教えてくれて、とても感謝しています。
学生時代の思い出を教えてください。
(中嶋さん)よく友達とマージャンをしていました(笑)。あとは接客のアルバイトをしていました。
(川口さん)わたしもアルバイトをしていました。あと、草花の勉強をしていたのでいろんな植物を育てたりしていました。
今、頑張っていることは?
(中嶋さん)仕事について、やるからには勉強して一生懸命、知識を習得したいです!社内研修などで実際にいろいろと勉強をしています。
(川口さん)今の仕事を頑張っています。会社の人に認められる人間になりたいです!今は会社のために自分ができることを頑張りたいです。例えば、部品の不良品を見つける改善活動(品質を向上するための自主的な取り組み)などです。
社会人になって感じることは?
(中嶋さん)責任の重みです。一人の責任が会社全体の責任となるわけですから。作業している人たちのためにも、1秒でも早く効率の良いシステムを構築することは、とてもプレッシャーを感じます。しかし、任されていることを実感することでやりがいもあり、楽しいです。
(川口さん)コミュニケーションがとても大事だと思います。コミュニケーションの仕方ひとつで変わることもあり、難しいし責任感もあると思います。(不良品を)一つ見逃すと被害がとても大きく責任を感じます。あとは、学生時代のアルバイトと違い、会社から給料がもらえることは楽しみです(笑)。
これから就職する人へアドバイスをするとしたら?
(中嶋さん)アルバイトや部活の経験は会社で仕事をする上で必要だと思います。実際の仕事は立ち仕事が多く、結構大変だったりしますから。
(川口さん)高校時代、先生から教わったのですが、自分の長所を発見することだと思います。そして、長所を生かした自分にあった事を早く見つけることだと思います。
最後に自社をPRしてください。
(二人)明るい会社でコミュニケーションも取れていて、あいさつを大事にして、気持ちの良いあいさつができる会社です。また、品質向上や技術の向上を社員が一体となって頑張っているので、やりがいがあります!
取材後記
デンソースピリット―世界12万人のグループ社員の一員として社会から信頼と共感を得られる企業へ。お話を伺った二人の社員から感じた熱いまなざしと温かな会社の雰囲気は、社長が語られた「ものづくりは人づくり」を形として表されたものに感じられました。みなさんがふだんお世話になっている車もデンソースピリットを込めて作られたものかもしれませんね。―職人たちの精神に感謝!―
(取材:国本、町田)
その中で常に優れた製品の提供と技術開発に取り組む、株式会社デンソー勝山 山下 博久取締役社長にお話を伺いました。
写真_山下社長 写真_潟fンソー勝山
業務内容を教えてください。
当社では、自動車部品の中でも、発電機に使用される「電機製品」、ガソリンエンジンの点火に使用される「エンジン機器製品」、ガソリン・排気をコントロールする「機能品製品」を製造しています。
電機製品として、オルタネータ(車のバッテリーに充電する為の発電機)の部品を製造していますが、世界で走っている自動車の約3分の1にデンソー製のオルタネータが使われているんですよ。
すごいですね。まさに世界規模の会社ですが、入社したきっかけを教えてください。
もともとは車が大変好きでした。入社は1972年で、当時人気のあった会社は鉄鋼業などでしたが、自動車の分野でのエレクトロニクス化が進むのではないかと思っていたので、出身の熊本から会社のあった愛知のデンソー(当時の日本電装梶jへ入社しました。
今のデンソー勝山にはいつ来られたのですか?
デンソー勝山の社長に就任したのは2004年です。その年は大型台風がこの地域に上陸(台風23号)して、電線が切れたりなどの被害で工場を動かすための電力を確保するのに大変苦労した思い出があります。勝山の地には、今まで大型台風の上陸がほとんど無かったため「山下さんが台風を連れてきた」とも言われました(笑)
この地域の印象はいかがでしたか?
勝山の人はいい人が多く、地域のつながりもあり、みんな仲がよく、とけ込みやすい印象があります。ただ、勝山での単身生活で経験することになった人生初の自炊生活には困りましたね(苦笑)。
ご苦労されたのですね(笑)。では、現在、特に力を入れて取り組んでいることは?
デンソー勝山にしかできない、特色のある分野を作り競争力の強化につなげたいと考えています。その昔、先輩から「奈良の鹿になれ」と教わったことがあります。奈良→○○ならできる、鹿→○○しかできない、という意味で、社員にもそうあって欲しいと思っています。
なるほど!いい言葉ですね。ではその社員となるべく、どんな方を採用したいですか?
まず、チャレンジ精神のある人、そしてコミュニケーション能力のある人。自分の主張や考えをしっかりと相手に伝えることができる人ですね。会社では一人一人が問題意識をもって課題に気づき、解決していく事が大切です
人材育成についてはどのようにお考えですか?
デンソーグループの基本は「ものづくりは人づくり」。技術開発も大切ですが、まずは、社会貢献も視野に入れた人材の育成が大切だと考えています。
例えば、地球には重力がありますよね。その重力は人のモチベーションまでも下げてしまう、上昇志向があって、やっと水平(現状)が保たれるわけで。ですから現状に満足するのではなく、新たな分野への挑戦を常に続けていかなければと考えています。現在、4名の社員がデンソー本社で実務研修を受けていて、将来に向けて、技術と人づくりについて取り組んでいます。
人づくりとして、社長ご自身、社員との接し方などで何か気をつけておられることは?
一日に2、3回は工場の現場をまわって社員に声掛けをしています。社員がよろこんでくれたのは、昨年行った北海道の社員旅行。
新入社員が入れば歓迎ボーリング大会や潮干狩りにもみんなで行ったりします。組織では、セクションにとらわれず、横のコミュニケーションが大切ですので、そう言った面でもプラスになると思います。
楽しそうですね。では、社長の現在の趣味は?
ドライブや小旅行ですかね。愛知県岡崎(社長の自宅)まで車で帰ったり、5月には、軽井沢までこちらから車で旅行しました。
昔から車がお好きだと伺いましたが、学生時代はどのように過ごされたのですか?
学生時代ですか、う〜ん、勉強はあまりしなかったですね(笑)。熊本での学生時代は硬式テニスに夢中でした。今でも当時の仲間とは付き合いがあって、先には還暦祝いの同窓会を開く予定もあります。学生時代の仲間は人生の宝ですね。
同感です。では最後に今後の目標と課題をお願いします。
デンソー勝山が今後も発展し続けるよう、会社としての競争力を強化し、そのためには課題として人材育成と技術力のアップを目指していきたいと思っています。
今春入社した中嶋佳太さん(24歳)と入社2年目の川口沙輝さん(19歳)にお話を伺いました。
写真_中嶋さん 写真_川口さん
どうして入社しようと思いましたか。
(中嶋さん)福岡出身ですが、大学は岡山でしたので、就職活動の中でデンソー勝山へ入社しました。
(川口さん)地元であることと、入社前に2回ほど会社訪問しまして、みなさんがやさしく挨拶して下さって、温かい雰囲気のある会社というイメージがあって入社しました。
現在の仕事を教えてください。
(中嶋さん)社内用パソコン、サーバー等のメンテナンスや管理が担当ですが、いろんな事を勉強する意味から、生産ラインの補佐業務も行っています。
(川口さん)オルタネータの中身であるブラシなどの加工、はんだ付けや組み付け、検査を行っていて、ローテーションでいろいろなラインの仕事を勉強しています。
困ったことはありますか?
(中嶋さん)現在、今の仕事を一人で行っているので…教えてくれる人がいないことです(苦笑)。学生時代は科学・物理を専攻していたのでコンピューターについての知識は会社に入って調べながらやっています。
(川口さん)私は特にありません。周りの方々に支えてもらっているので、わからない事はすぐに教えてくれて、とても感謝しています。
学生時代の思い出を教えてください。
(中嶋さん)よく友達とマージャンをしていました(笑)。あとは接客のアルバイトをしていました。
(川口さん)わたしもアルバイトをしていました。あと、草花の勉強をしていたのでいろんな植物を育てたりしていました。
今、頑張っていることは?
(中嶋さん)仕事について、やるからには勉強して一生懸命、知識を習得したいです!社内研修などで実際にいろいろと勉強をしています。
(川口さん)今の仕事を頑張っています。会社の人に認められる人間になりたいです!今は会社のために自分ができることを頑張りたいです。例えば、部品の不良品を見つける改善活動(品質を向上するための自主的な取り組み)などです。
社会人になって感じることは?
(中嶋さん)責任の重みです。一人の責任が会社全体の責任となるわけですから。作業している人たちのためにも、1秒でも早く効率の良いシステムを構築することは、とてもプレッシャーを感じます。しかし、任されていることを実感することでやりがいもあり、楽しいです。
(川口さん)コミュニケーションがとても大事だと思います。コミュニケーションの仕方ひとつで変わることもあり、難しいし責任感もあると思います。(不良品を)一つ見逃すと被害がとても大きく責任を感じます。あとは、学生時代のアルバイトと違い、会社から給料がもらえることは楽しみです(笑)。
これから就職する人へアドバイスをするとしたら?
(中嶋さん)アルバイトや部活の経験は会社で仕事をする上で必要だと思います。実際の仕事は立ち仕事が多く、結構大変だったりしますから。
(川口さん)高校時代、先生から教わったのですが、自分の長所を発見することだと思います。そして、長所を生かした自分にあった事を早く見つけることだと思います。
最後に自社をPRしてください。
(二人)明るい会社でコミュニケーションも取れていて、あいさつを大事にして、気持ちの良いあいさつができる会社です。また、品質向上や技術の向上を社員が一体となって頑張っているので、やりがいがあります!
取材後記
デンソースピリット―世界12万人のグループ社員の一員として社会から信頼と共感を得られる企業へ。お話を伺った二人の社員から感じた熱いまなざしと温かな会社の雰囲気は、社長が語られた「ものづくりは人づくり」を形として表されたものに感じられました。みなさんがふだんお世話になっている車もデンソースピリットを込めて作られたものかもしれませんね。―職人たちの精神に感謝!―
(取材:国本、町田)
2009年04月27日
金型製造の潟Aァル技研を訪問
自動車や電子機器の精密部品を製造する為の源となる金型。
難易度の高い金型の製造に挑戦し続ける株式会社アァル技研 行本 茂行代表取締役社長にお話を伺いました。


写真_行本社長 写真_潟Aァル技研
業務内容を教えてください。
自動車や電子機器の精密部品の製造に欠かせないプレス金型を作っています。本社工場(津山市国分寺)と大阪営業所があり、主に製品を大阪や名古屋、九州、海外(主にマレーシア)のメーカーに販売しています。
この仕事を始めたきっかけを教えてください
出身は山陽町(現在の赤磐市)ですが、岡山市内の学校を卒業して東大阪市の工場へ就職しました。もともと、ものづくりが好きだったので、当時は誰もいない工場で夜な夜な新しい機械の使い方を覚えたりして、今までできなかった事ができるようになった喜びが当時はありましたね。
それから20年ほど工場で修行をしていましたが、会社の転機をきっかけにある日、社長から「明日から常務になれ」と言われました。びっくりしましたが、普段から当時の社長には独り立ちできる技術力と起業精神を教わっていましたので。会社員としては平社員、主任と常務しか経験していません(笑)。
―すごい経歴ですね。その後、津山には?
昭和48年頃から津山には取引でよく来ていました。昭和55年頃に中国自動車道の開通などで津山に工場を開いてほしいとの要望もあり、大阪にあった3工場のひとつを津山に持ってきて、津山での生活が始まりました。
―津山の印象はいかがでしたか?
津山という町はいい人が多く、友達がたくさんできました。また、市役所の担当の方もとてもサポートをしてくださいました。以前の会社があった東大阪市では何千社かのうちの一つでしかないですが、津山では何百社のうちの一つ、ですからとてもよくしてもらった記憶があります。
起業をされたきっかけは?
津山工場の従業員と一緒に仕事を続けていきたい思いと、社長から教育されたものづくりや起業精神、お客様からの要請などをいただいたことで、昭和62年3月に独立して今の会社を設立しました。
―当時から「アァル技研」の名称でしたか?
会社を作るときに考えたのですが、私の名前は「ゆくもと」で、学校での出席番号が最後の方でした。ですから会社の名前は電話帳や名簿などで1番先頭にしたいという思いがありまして(笑)。
「アァル」ってどうか?といろんな人に相談してみると、なかなか好評で小さな「ア」はパソコンなどで変換すると、一手間いるので会社名を覚えてもらいやすいですし(笑)。ものづくりでもそうですが、何かひとつ特徴を持つのは大切ではないかと思いますし、もちろん名簿だけでなくものづくりやすべてに1番でありたいという考えから会社名を「アァル技研」にしました。
起業当初困ったことはありましたか?
津山の雪には驚きました。あと、田舎特有の人情といいますか、仕事の最中に急に従業員が消防団で帰っていったのはびっくりしましたね。
あとは経理や資金繰りなど、技術屋でしたのでとても戸惑いましたね。経理を任せた家内には感謝しています。
人材育成についてどのようにお考えですか?
製品はハイテクなものを作っていますが、金型というのはローテク、いわゆる「匠」の世界だと思います。元をたどれば鍛冶屋なわけで、叩いた音や手触りといった感性を大事にすることを若い頃社長によく言われて修行しました。
日本には古くから受け継いできた技術という基礎があります。基礎がなければ製品はできてもコピーですし、コピーであれば良いものや新しいものは作ることができません。基礎技術を次の世代に伝承していく責任を強く感じています。
社長ご自身の趣味などはありますか?
最近は釣りですが、骨董品の収集にも興味があります。やはり、昔の職人の技術や職人としての気質を作品に見受けられて、一人の技術者として骨董品には惹かれますね。
今後の目標と課題をお願いします。
「技」の伝承、10年後も通用する技術力を後輩に残していきたいと思っています。そして、これだけは他では作れない、真似ができない自信の製品を製作できる技術者になるよう、社員にはいつも言っています。
そして会社がこの地域で輝いている、よそにはない何かがあるぞ、といった活気のある会社にしていきたいと思っています。
入社3年目の鎌田光宏さん(37歳)にお話を伺いました。

写真_鎌田さん
入社の理由をおしえてください。
以前の会社では部品の管理する仕事をしていましたが、製造業に興味があったので入社しました。
現在の仕事を教えてください。
フライス加工(ドリルでプレートに穴を開けたりする)をメインにしていますが、マシニングセンター(プログラムによる機械加工)の操作なども行っています。
この会社に入社してみていかがでしたか?
津山は温かい人が多いと思います。うちの会社は少人数の会社ですから、一つの担当ではなく、他の部署の仕事も覚えられるし、オールラウンドプレーヤーを目指しています(笑)

出身と学生時代の思い出を教えてください。
出身は津山です。学生時代は夏休みなどを利用していろんなアルバイトをしていろんな経験をしました。
社会人になって感じることは?
学生時代に具体的な目標がなかったので…これから就職される人には将来のビジョンについて考えて、資格などを取得しておけばよいのではないでしょうか。
今の仕事では、昨日までできなかったことができるようになったときの喜びや、難しい技術を習得したときの喜びはひとしおで、ものづくりの喜びの原点だと思います。
自社のPRなどあればお願いします。
精密金型の製造には個々の技術力UPが求められます。またお客様のニーズに応えられるよう努力を積み重ねていきたいと思います。会社は少人数ですが和気あいあいとした仲で若い人が多い職場です。

取材後記
「アァル技研」、このブログ原稿を書きながら、なるほど、「アァル」の変換で「アァル技研」を覚えた方は多いのではと実感。しかし、名前だけでなく、技術でもオンリーワンを目指して挑戦し続ける、そんな意気込みとものづくりの奥深さを社長自らの技術で削った「技」の石碑に感じました。
(取材:横山、国本、町田)
難易度の高い金型の製造に挑戦し続ける株式会社アァル技研 行本 茂行代表取締役社長にお話を伺いました。
写真_行本社長 写真_潟Aァル技研
業務内容を教えてください。
自動車や電子機器の精密部品の製造に欠かせないプレス金型を作っています。本社工場(津山市国分寺)と大阪営業所があり、主に製品を大阪や名古屋、九州、海外(主にマレーシア)のメーカーに販売しています。
この仕事を始めたきっかけを教えてください
出身は山陽町(現在の赤磐市)ですが、岡山市内の学校を卒業して東大阪市の工場へ就職しました。もともと、ものづくりが好きだったので、当時は誰もいない工場で夜な夜な新しい機械の使い方を覚えたりして、今までできなかった事ができるようになった喜びが当時はありましたね。
それから20年ほど工場で修行をしていましたが、会社の転機をきっかけにある日、社長から「明日から常務になれ」と言われました。びっくりしましたが、普段から当時の社長には独り立ちできる技術力と起業精神を教わっていましたので。会社員としては平社員、主任と常務しか経験していません(笑)。
―すごい経歴ですね。その後、津山には?
昭和48年頃から津山には取引でよく来ていました。昭和55年頃に中国自動車道の開通などで津山に工場を開いてほしいとの要望もあり、大阪にあった3工場のひとつを津山に持ってきて、津山での生活が始まりました。
―津山の印象はいかがでしたか?
津山という町はいい人が多く、友達がたくさんできました。また、市役所の担当の方もとてもサポートをしてくださいました。以前の会社があった東大阪市では何千社かのうちの一つでしかないですが、津山では何百社のうちの一つ、ですからとてもよくしてもらった記憶があります。
起業をされたきっかけは?
津山工場の従業員と一緒に仕事を続けていきたい思いと、社長から教育されたものづくりや起業精神、お客様からの要請などをいただいたことで、昭和62年3月に独立して今の会社を設立しました。
―当時から「アァル技研」の名称でしたか?
会社を作るときに考えたのですが、私の名前は「ゆくもと」で、学校での出席番号が最後の方でした。ですから会社の名前は電話帳や名簿などで1番先頭にしたいという思いがありまして(笑)。
「アァル」ってどうか?といろんな人に相談してみると、なかなか好評で小さな「ア」はパソコンなどで変換すると、一手間いるので会社名を覚えてもらいやすいですし(笑)。ものづくりでもそうですが、何かひとつ特徴を持つのは大切ではないかと思いますし、もちろん名簿だけでなくものづくりやすべてに1番でありたいという考えから会社名を「アァル技研」にしました。
起業当初困ったことはありましたか?
津山の雪には驚きました。あと、田舎特有の人情といいますか、仕事の最中に急に従業員が消防団で帰っていったのはびっくりしましたね。
あとは経理や資金繰りなど、技術屋でしたのでとても戸惑いましたね。経理を任せた家内には感謝しています。
人材育成についてどのようにお考えですか?
製品はハイテクなものを作っていますが、金型というのはローテク、いわゆる「匠」の世界だと思います。元をたどれば鍛冶屋なわけで、叩いた音や手触りといった感性を大事にすることを若い頃社長によく言われて修行しました。
日本には古くから受け継いできた技術という基礎があります。基礎がなければ製品はできてもコピーですし、コピーであれば良いものや新しいものは作ることができません。基礎技術を次の世代に伝承していく責任を強く感じています。
社長ご自身の趣味などはありますか?
最近は釣りですが、骨董品の収集にも興味があります。やはり、昔の職人の技術や職人としての気質を作品に見受けられて、一人の技術者として骨董品には惹かれますね。
今後の目標と課題をお願いします。
「技」の伝承、10年後も通用する技術力を後輩に残していきたいと思っています。そして、これだけは他では作れない、真似ができない自信の製品を製作できる技術者になるよう、社員にはいつも言っています。
そして会社がこの地域で輝いている、よそにはない何かがあるぞ、といった活気のある会社にしていきたいと思っています。
入社3年目の鎌田光宏さん(37歳)にお話を伺いました。
写真_鎌田さん
入社の理由をおしえてください。
以前の会社では部品の管理する仕事をしていましたが、製造業に興味があったので入社しました。
現在の仕事を教えてください。
フライス加工(ドリルでプレートに穴を開けたりする)をメインにしていますが、マシニングセンター(プログラムによる機械加工)の操作なども行っています。
この会社に入社してみていかがでしたか?
津山は温かい人が多いと思います。うちの会社は少人数の会社ですから、一つの担当ではなく、他の部署の仕事も覚えられるし、オールラウンドプレーヤーを目指しています(笑)
出身と学生時代の思い出を教えてください。
出身は津山です。学生時代は夏休みなどを利用していろんなアルバイトをしていろんな経験をしました。
社会人になって感じることは?
学生時代に具体的な目標がなかったので…これから就職される人には将来のビジョンについて考えて、資格などを取得しておけばよいのではないでしょうか。
今の仕事では、昨日までできなかったことができるようになったときの喜びや、難しい技術を習得したときの喜びはひとしおで、ものづくりの喜びの原点だと思います。
自社のPRなどあればお願いします。
精密金型の製造には個々の技術力UPが求められます。またお客様のニーズに応えられるよう努力を積み重ねていきたいと思います。会社は少人数ですが和気あいあいとした仲で若い人が多い職場です。
取材後記
「アァル技研」、このブログ原稿を書きながら、なるほど、「アァル」の変換で「アァル技研」を覚えた方は多いのではと実感。しかし、名前だけでなく、技術でもオンリーワンを目指して挑戦し続ける、そんな意気込みとものづくりの奥深さを社長自らの技術で削った「技」の石碑に感じました。
(取材:横山、国本、町田)
2009年03月12日
株式会社すえ木工を訪問
木製家具製造及び大型プラスチック成型の株式会社すえ木工 須江 英典 代表取締役社長にお話を伺いました。


写真_須江社長 写真_すえ木工
業務内容を教えてください。
家具が主力で、特に壁面収納や食器棚等オーダーのものを多く手掛けています。
また、トラクターのボディ等、反応射出成型による大型プラスチック加工も平成4年頃から手掛けています。
家具での主力製品は何ですか
壁面収納家具です。イージーオーダーで高さに応じた扉が作れ、ワンタッチで開閉できる操作性のほか耐震にも配慮した設計です。
課題と目標を教えてください
わが社の経営理念は下記のとおりです。
1.全社員の物心両面の幸福を追求する。
2.お客様が、買って喜んで頂ける商品を創ることにより、社会に貢献する。
−最初に社員のことが出てくるのは珍しいですね。
私が社長ですがみんな家に帰れば一国一城の主だったり、自分の人生があります。社長一人がいい思いをしては続きません。
実はこの理念を創ってから社員と飲みに行く機会を増やしてます。多いときは週に3,4回行くこともあります。会社では社長と社員ですが飲みの席では関係ありません。仕事のこと、時には生き様についてなどいろんな話がでますが、みんなボロクソに言いますよ。時には私が集中砲火を浴びることもあります。(笑)。
今、ベテラン社員による講習会が業務後に自主的に行われています。若い人も技術を学んだり、職場の問題、改善点を共有してなんとかしようとやってくれています。
経営にしても自分の知識だけでは限界があります。迷ったときはみんなの意見を聞いてみます。60歳を過ぎた従業員にも残って頂いています。1従業員でなく、一人の友として助け助けられる関係でいたい。みんなの力でそうした商品を創っていきたいですね。
従業員のお話が出ましたが従業員に求めることは何ですか?
私の世代は戦後の物不足を経験してますし、学生時代、社会人になってからも貧乏でした。それでハングリー精神があるのかもしれません。今の若い方は恵まれている方が多いせいか、熱意が少ない人が多いように思います。
仕事は楽しくないときも正直あるかと思いますが、やはり楽しくさせたい。そのためにも熱意を持って欲しい、人生をどう生きるかも同じで熱いものがないと楽しくないと思います。
家具事業部工場長の須江 健治さん(S49年生まれ)にお話をお聞きしました。

写真_須江工場長
どうして入社しようと思いましたか。
大学で経済学を学び卒業後に一度入社したのですが、ものづくりを学びたいという気持ちを抑えきれず、岐阜県高山市の専門学校に入学し、家具作りを2年間勉強しました。
卒業後、会社に帰り家具のデザインなどをしていましたが、再度自分探しの旅というか(笑)海外を旅するなどしていました。
旅の途中、プラハで日本人のお坊さんと出会ったのが縁で、最終的に京都の僧堂で修行をしていましたが、年一度の帰省中に社員の方6名が家まで来られ「ぜひ会社に帰って欲しい」と熱くお話して下さり、「腹をくくって社業に打ち込もう」と再々度(笑)入社しました。
いろんな経験をし、最初に入社した頃と、このときの私は全く別人になったと思います。
現在の仕事を教えてください。
工場の生産管理です。
現在頑張っていることは。
リードタイムの減少と使いやすいものづくりです。
デザインと製造は切り離せませんので、現場からも意見を上げてデザインに活かしてもらったりしています。
−現在勉強していることは
改善活動(5Sやムダとりなど)と日本経済新聞を読むことです。それとパソコン操作も少し忘れた部分があるので(笑)再度勉強し直しています。
趣味は
たまにですがカメラで気になったものを撮ってます。会社のHPでは魚眼レンズで社員を撮影したものを使いました。
目標は
壁収納家具で日本一になることです。ものづくりは一人で出来るものではないので、みんなで一丸になってチャレンジしたいですね。

自社をPRしてください。
若い「イケメン」の男が多いですよ(笑)。ぜひ女性の方に会社見学に来て頂きたいですね。
それとその若い社員を中心にやる気がどんどん広がっています。自社ではパートさんにもいろんな仕事を任せて主体的に仕事をして頂いています。
−社員のモチベーションをどうやって高められていますか
若い人、経験豊富な人みんなから意見を聞くようにしています。実際にみんなが議論して改善したことがうまくいくとうれしいですし、やる気も更に高まってくると思います。
社員が自主的に他の作業も覚え「多能工」になってくれていますが、更にものづくりの楽しさに気づくことも多いようです。機械やシステムは進化していますが、昔からの手作りの部分がやはりみんなのやる気につながってくるのではないでしょうか。
H17年4月入社の福本 淑子さん(S54年生まれ)にお話を伺いました。

写真_福本さん
どうして入社しようと思いましたか
私は広島市出身なのですが、結婚のため真庭市に越してきました。専業主婦は性に合わないので仕事を探していましたが、HPの管理など前の職場の知識が活かせると思い面接を受けました。
元々インテリアが好きで大学でも建築学科を卒業しましたのでこの仕事に就けて良かったと思います。
入ってみていかがでしたか?現在の仕事を教えてください。
HPの管理や商品カタログの製作のほかに商品企画にも携わらせて頂いています。展示会などへの出張もありますし、楽しく仕事をしています。
−HPやカタログ製作で気をつけておられることは
商品を知らない方が見られるわけですから、なるべくわかりやすいものにしたいと考えて製作しています。実際にディスプレイされたものなどを撮影して、お客様にイメージが伝えられるように工夫しています。

今、頑張っていることは
製造現場の方との円滑な意思疎通です。お客様とのやりとりと同じで、社内でもいかにわかりやすく伝えるかが大事だと思います。「ホウ・レン・ソウ」を徹底したいですね。
趣味は
最近は特に無いですが、ネットで買い物をよくします。ネットで買い物をすると、自社のHP管理にも役立つことが発見できたりで一石二鳥ですね(笑)。
仕事でうれしいと感じるときは
HPでの販売でも、お問い合わせへの対応などお客様とのやりとりがとても大事です。買っていただいたお客様からお礼のメールなど頂いたときはとてもうれしいです。
自社をPRしてください
従業員が一丸となって壁面収納日本一を目指して頑張っています。従業員同士の風とおしも良くて、社長や上司にも意見しやすい会社です。
それと、工場長が言われたとおり、社長を筆頭に男性職員は「イケメン」率が高い(笑)のもウリですね。
編集後記
社長のおっしゃられた「会社経営が生きがい」この言葉が印象に残りました。
工場長もいろんな経験をされたことが、これからの会社経営に必ず活きてこられると思います。
従業員さんのモチベーションもこの自由な雰囲気から出てくるのではと感じた取材でした。
(取材:沼、町田)
写真_須江社長 写真_すえ木工
業務内容を教えてください。
家具が主力で、特に壁面収納や食器棚等オーダーのものを多く手掛けています。
また、トラクターのボディ等、反応射出成型による大型プラスチック加工も平成4年頃から手掛けています。
家具での主力製品は何ですか
壁面収納家具です。イージーオーダーで高さに応じた扉が作れ、ワンタッチで開閉できる操作性のほか耐震にも配慮した設計です。
課題と目標を教えてください
わが社の経営理念は下記のとおりです。
1.全社員の物心両面の幸福を追求する。
2.お客様が、買って喜んで頂ける商品を創ることにより、社会に貢献する。
−最初に社員のことが出てくるのは珍しいですね。
私が社長ですがみんな家に帰れば一国一城の主だったり、自分の人生があります。社長一人がいい思いをしては続きません。
実はこの理念を創ってから社員と飲みに行く機会を増やしてます。多いときは週に3,4回行くこともあります。会社では社長と社員ですが飲みの席では関係ありません。仕事のこと、時には生き様についてなどいろんな話がでますが、みんなボロクソに言いますよ。時には私が集中砲火を浴びることもあります。(笑)。
今、ベテラン社員による講習会が業務後に自主的に行われています。若い人も技術を学んだり、職場の問題、改善点を共有してなんとかしようとやってくれています。
経営にしても自分の知識だけでは限界があります。迷ったときはみんなの意見を聞いてみます。60歳を過ぎた従業員にも残って頂いています。1従業員でなく、一人の友として助け助けられる関係でいたい。みんなの力でそうした商品を創っていきたいですね。
従業員のお話が出ましたが従業員に求めることは何ですか?
私の世代は戦後の物不足を経験してますし、学生時代、社会人になってからも貧乏でした。それでハングリー精神があるのかもしれません。今の若い方は恵まれている方が多いせいか、熱意が少ない人が多いように思います。
仕事は楽しくないときも正直あるかと思いますが、やはり楽しくさせたい。そのためにも熱意を持って欲しい、人生をどう生きるかも同じで熱いものがないと楽しくないと思います。
家具事業部工場長の須江 健治さん(S49年生まれ)にお話をお聞きしました。
写真_須江工場長
どうして入社しようと思いましたか。
大学で経済学を学び卒業後に一度入社したのですが、ものづくりを学びたいという気持ちを抑えきれず、岐阜県高山市の専門学校に入学し、家具作りを2年間勉強しました。
卒業後、会社に帰り家具のデザインなどをしていましたが、再度自分探しの旅というか(笑)海外を旅するなどしていました。
旅の途中、プラハで日本人のお坊さんと出会ったのが縁で、最終的に京都の僧堂で修行をしていましたが、年一度の帰省中に社員の方6名が家まで来られ「ぜひ会社に帰って欲しい」と熱くお話して下さり、「腹をくくって社業に打ち込もう」と再々度(笑)入社しました。
いろんな経験をし、最初に入社した頃と、このときの私は全く別人になったと思います。
現在の仕事を教えてください。
工場の生産管理です。
現在頑張っていることは。
リードタイムの減少と使いやすいものづくりです。
デザインと製造は切り離せませんので、現場からも意見を上げてデザインに活かしてもらったりしています。
−現在勉強していることは
改善活動(5Sやムダとりなど)と日本経済新聞を読むことです。それとパソコン操作も少し忘れた部分があるので(笑)再度勉強し直しています。
趣味は
たまにですがカメラで気になったものを撮ってます。会社のHPでは魚眼レンズで社員を撮影したものを使いました。
目標は
壁収納家具で日本一になることです。ものづくりは一人で出来るものではないので、みんなで一丸になってチャレンジしたいですね。
自社をPRしてください。
若い「イケメン」の男が多いですよ(笑)。ぜひ女性の方に会社見学に来て頂きたいですね。
それとその若い社員を中心にやる気がどんどん広がっています。自社ではパートさんにもいろんな仕事を任せて主体的に仕事をして頂いています。
−社員のモチベーションをどうやって高められていますか
若い人、経験豊富な人みんなから意見を聞くようにしています。実際にみんなが議論して改善したことがうまくいくとうれしいですし、やる気も更に高まってくると思います。
社員が自主的に他の作業も覚え「多能工」になってくれていますが、更にものづくりの楽しさに気づくことも多いようです。機械やシステムは進化していますが、昔からの手作りの部分がやはりみんなのやる気につながってくるのではないでしょうか。
H17年4月入社の福本 淑子さん(S54年生まれ)にお話を伺いました。
写真_福本さん
どうして入社しようと思いましたか
私は広島市出身なのですが、結婚のため真庭市に越してきました。専業主婦は性に合わないので仕事を探していましたが、HPの管理など前の職場の知識が活かせると思い面接を受けました。
元々インテリアが好きで大学でも建築学科を卒業しましたのでこの仕事に就けて良かったと思います。
入ってみていかがでしたか?現在の仕事を教えてください。
HPの管理や商品カタログの製作のほかに商品企画にも携わらせて頂いています。展示会などへの出張もありますし、楽しく仕事をしています。
−HPやカタログ製作で気をつけておられることは
商品を知らない方が見られるわけですから、なるべくわかりやすいものにしたいと考えて製作しています。実際にディスプレイされたものなどを撮影して、お客様にイメージが伝えられるように工夫しています。
今、頑張っていることは
製造現場の方との円滑な意思疎通です。お客様とのやりとりと同じで、社内でもいかにわかりやすく伝えるかが大事だと思います。「ホウ・レン・ソウ」を徹底したいですね。
趣味は
最近は特に無いですが、ネットで買い物をよくします。ネットで買い物をすると、自社のHP管理にも役立つことが発見できたりで一石二鳥ですね(笑)。
仕事でうれしいと感じるときは
HPでの販売でも、お問い合わせへの対応などお客様とのやりとりがとても大事です。買っていただいたお客様からお礼のメールなど頂いたときはとてもうれしいです。
自社をPRしてください
従業員が一丸となって壁面収納日本一を目指して頑張っています。従業員同士の風とおしも良くて、社長や上司にも意見しやすい会社です。
それと、工場長が言われたとおり、社長を筆頭に男性職員は「イケメン」率が高い(笑)のもウリですね。
編集後記
社長のおっしゃられた「会社経営が生きがい」この言葉が印象に残りました。
工場長もいろんな経験をされたことが、これからの会社経営に必ず活きてこられると思います。
従業員さんのモチベーションもこの自由な雰囲気から出てくるのではと感じた取材でした。
(取材:沼、町田)
2009年02月17日
元旦ビューティ工業株式会社を訪問
大型施設から住宅まで環境技術を活かした金属屋根を提供する元旦ビューティ工業株式会社岡山工場 冨山 隆己 工場長にお話を伺いました。


写真_冨山工場長 写真_岡山工場
業務内容を教えてください
独自の特許技術を活かした金属屋根の成形加工を行っています。
−変わった社名ですが由来は
創業者の名前「元旦(もとかつ)」と最初の製品名(金属屋根)に使われていた「ビューティ」を組み合わせたものです。よく美容関係の会社と勘違いされるのが残念です。
主力製品は何ですか
横葺き金属屋根です。耐風圧強度、意匠性(デザイン)、施工性に自信があり、製品が軽く建物のトータルコストを抑えることができます。
一番力を入れていることは
太陽電池一体型屋根、トップライト(屋根からの外光取り入れ)など省エネルギー、環境へ貢献できる製品づくりに力を入れています。
なぜ入社されましたか
大学を卒業後、地元に残りたかったのですが希望する職種も少なく、県南に就職しました。
その後、やはり地元に帰りたいと思っていたときにこの会社の社員さんと知り合い、誘われたので喜んで入社しました。
入社当時困ったことは
最初入社した会社がサービス業だったので、製造業との違いが大きく、工具や検査機器の使用方法を覚えたりするのに苦労しました。また、前職では接客をしていたので、毎日違う人と顔を合わせますが、工場では同じ人と仕事をし、雰囲気も大分違います。
最初は怒られてばかりで(笑)、慣れるのに時間がかかりました。
−工場長になられたのはいつ頃ですか。
3年前です。年配の方を含めみんながサポートしてくれて助かっています。
印象に残っている出来事は
入社して3ヶ月目に初めて一人で現場に行った事です。
現場成形といって長尺で運搬できない製品は、コイルを巻き取り現場に成型機を持ち込み加工します。それまでに2回先輩と行っていましたが一人で現場加工するのが不安で、無事終えて帰ったときはとてもほっとしたのを(笑)覚えています。
どんな方を採用したいですか
自ら考えて行動できる人がいいですね。岡山工場での採用は私と責任者で面接を行いますが、元気の良さ、挨拶ができるかを見ています。
人材教育にはどう取り組んでいますか
OJTによる教育を行っています。社員それぞれと目的(あるべき姿)に向けて、やりたいこと、やるべきことを話し合い目標を立てています。各自が決めた目標を達成(レベルアップ)できるように先輩・上司がサポート・教育しています。
社員との接し方で気をつけておられることがありますか
できるだけ話を聞くようにしています。今は工場長という立場ですが、以前はずっと同じ立場で仕事していましたので話しやすいです。仕事以外のことも話したりして和やかな雰囲気を作るようにしており、職員同士いい物はいい、だめなものはだめ、とみんなで話し合い協力してものづくりができています。

どんな学生時代でしたか
大学があったところが津山市と同じ規模の町でしたので、違和感無くのんびりした生活を送りました。
私は高校時代まで人と接するのが大変苦手でしたが、60人くらいいる下宿にいたので先輩や後輩と日頃の生活から付き合いがあり、対人関係で大変勉強になりました。送り出してもらった両親には大変感謝しています。
趣味は
自宅で映画鑑賞と言いたいところですが、仕事や地域行事への参加などでなかなかゆっくりと出来ないのが現状です(笑)。
目標と課題は
当社の目標は、屋根メーカーのトップになり、その後は屋根だけでなく総合建材メーカーへ進化していくことです。
課題は、複雑かつ多様で性能と信頼性を求められる昨今の建築において、要求されるものを具現化していくことです。
岡山工場では、毎年のように追加される新製品や既存製品を、安定した品質でユーザーに供給することを目標とし、社員の技術向上・育成を行っていきます。
H20年4月入社の名和 昌俊さん(S57年生まれ)にお話を伺いました。

写真_名和さん
どうして入社しようと思いましたか
派遣会社でいくつかの仕事を経験しました。その中である工場に勤務したときにものづくりの楽しさを感じ、自分に向いていると思うようになりました。
そんなときに家内の父がこの会社と取引があった関係で紹介され入社しました。
入ってみていかがでしたか?現在の仕事を教えてください。
ロールから寸法カットし、成形する製造工程が主ですが、ときには現場成形で出張することもあります。
入社前に工場見学させてもらったときは簡単そうに感じていた仕事がやってみると実際は難しかったです。私のいる第2工場は6ラインありますが、完全受注生産で品種も多いため加工機械は倍以上あり、段取り替えがかなり大変です。

困ったこと、大変なことは
今は特にないですが、素材の金属ロールなど重いものを持つのが最初は大変でした。
また、現場成形の際は一人で行くことが多いので失敗しないよう気を付けています。
−現場成形は遠くにも行くのですか
はい、この間は福岡の歴史資料館の屋根工事に一人で行っていました。
−外に出るのはどうですか
大変ですが刺激もあり(笑)面白いです。
今、頑張っていることは
段取り替えの時間短縮です。頭には入っていますが、体で覚えるぐらいまでになりたいと思います。
プライベートでは子供が二人いるので、面倒を見ることですね。
学生時代は何をしていましたか
ギター部に入っていました。またスノーボードも高校のときから始めました。
−音楽のジャンルは
特にこれといったのは無いですが、今もたまに弾いています。
社会人になり変わったことは
大きくは変わらないかもしれませんが、社会人になり年代の離れた人に仕事や仕事以外のことの話を聞くことが、とても勉強になると感じています。
これから就職する人へアドバイスするとしたら?
私はしなかったのですが、アルバイトは自分にあった仕事を探すのに役立つと思います。後は資格をとったり、仕事も遊びも本気でやってほしいですね。

自社をPRしてください
社員全員が一丸となってよい製品を作ろうと絶えず努力し進化しています。
工場やショッピングセンター、一般住宅まで大小、形状問わずいろんな仕事があり、自分の手がけた製品が形になって残るのもやりがいになります。
有名なところでは千葉マリンスタジアムや国立新美術館も当社が屋根を手がけています。
新築、改修いろんな建物に対応できますので、ぜひ当社の屋根材を検討ください。
編集後記
社の強みでもある環境に配慮した製品群は今後の成長が期待できます。実際、岡山工場の屋根にもトップライトが取り入れられており、工場内はかなり明るかったです。
人も職場も明るい環境で、優れた製品をこれからも生み出して頂きたいと思います。
(取材:山田、沼、町田)
写真_冨山工場長 写真_岡山工場
業務内容を教えてください
独自の特許技術を活かした金属屋根の成形加工を行っています。
−変わった社名ですが由来は
創業者の名前「元旦(もとかつ)」と最初の製品名(金属屋根)に使われていた「ビューティ」を組み合わせたものです。よく美容関係の会社と勘違いされるのが残念です。
主力製品は何ですか
横葺き金属屋根です。耐風圧強度、意匠性(デザイン)、施工性に自信があり、製品が軽く建物のトータルコストを抑えることができます。
一番力を入れていることは
太陽電池一体型屋根、トップライト(屋根からの外光取り入れ)など省エネルギー、環境へ貢献できる製品づくりに力を入れています。
なぜ入社されましたか
大学を卒業後、地元に残りたかったのですが希望する職種も少なく、県南に就職しました。
その後、やはり地元に帰りたいと思っていたときにこの会社の社員さんと知り合い、誘われたので喜んで入社しました。
入社当時困ったことは
最初入社した会社がサービス業だったので、製造業との違いが大きく、工具や検査機器の使用方法を覚えたりするのに苦労しました。また、前職では接客をしていたので、毎日違う人と顔を合わせますが、工場では同じ人と仕事をし、雰囲気も大分違います。
最初は怒られてばかりで(笑)、慣れるのに時間がかかりました。
−工場長になられたのはいつ頃ですか。
3年前です。年配の方を含めみんながサポートしてくれて助かっています。
印象に残っている出来事は
入社して3ヶ月目に初めて一人で現場に行った事です。
現場成形といって長尺で運搬できない製品は、コイルを巻き取り現場に成型機を持ち込み加工します。それまでに2回先輩と行っていましたが一人で現場加工するのが不安で、無事終えて帰ったときはとてもほっとしたのを(笑)覚えています。
どんな方を採用したいですか
自ら考えて行動できる人がいいですね。岡山工場での採用は私と責任者で面接を行いますが、元気の良さ、挨拶ができるかを見ています。
人材教育にはどう取り組んでいますか
OJTによる教育を行っています。社員それぞれと目的(あるべき姿)に向けて、やりたいこと、やるべきことを話し合い目標を立てています。各自が決めた目標を達成(レベルアップ)できるように先輩・上司がサポート・教育しています。
社員との接し方で気をつけておられることがありますか
できるだけ話を聞くようにしています。今は工場長という立場ですが、以前はずっと同じ立場で仕事していましたので話しやすいです。仕事以外のことも話したりして和やかな雰囲気を作るようにしており、職員同士いい物はいい、だめなものはだめ、とみんなで話し合い協力してものづくりができています。
どんな学生時代でしたか
大学があったところが津山市と同じ規模の町でしたので、違和感無くのんびりした生活を送りました。
私は高校時代まで人と接するのが大変苦手でしたが、60人くらいいる下宿にいたので先輩や後輩と日頃の生活から付き合いがあり、対人関係で大変勉強になりました。送り出してもらった両親には大変感謝しています。
趣味は
自宅で映画鑑賞と言いたいところですが、仕事や地域行事への参加などでなかなかゆっくりと出来ないのが現状です(笑)。
目標と課題は
当社の目標は、屋根メーカーのトップになり、その後は屋根だけでなく総合建材メーカーへ進化していくことです。
課題は、複雑かつ多様で性能と信頼性を求められる昨今の建築において、要求されるものを具現化していくことです。
岡山工場では、毎年のように追加される新製品や既存製品を、安定した品質でユーザーに供給することを目標とし、社員の技術向上・育成を行っていきます。
H20年4月入社の名和 昌俊さん(S57年生まれ)にお話を伺いました。
写真_名和さん
どうして入社しようと思いましたか
派遣会社でいくつかの仕事を経験しました。その中である工場に勤務したときにものづくりの楽しさを感じ、自分に向いていると思うようになりました。
そんなときに家内の父がこの会社と取引があった関係で紹介され入社しました。
入ってみていかがでしたか?現在の仕事を教えてください。
ロールから寸法カットし、成形する製造工程が主ですが、ときには現場成形で出張することもあります。
入社前に工場見学させてもらったときは簡単そうに感じていた仕事がやってみると実際は難しかったです。私のいる第2工場は6ラインありますが、完全受注生産で品種も多いため加工機械は倍以上あり、段取り替えがかなり大変です。
困ったこと、大変なことは
今は特にないですが、素材の金属ロールなど重いものを持つのが最初は大変でした。
また、現場成形の際は一人で行くことが多いので失敗しないよう気を付けています。
−現場成形は遠くにも行くのですか
はい、この間は福岡の歴史資料館の屋根工事に一人で行っていました。
−外に出るのはどうですか
大変ですが刺激もあり(笑)面白いです。
今、頑張っていることは
段取り替えの時間短縮です。頭には入っていますが、体で覚えるぐらいまでになりたいと思います。
プライベートでは子供が二人いるので、面倒を見ることですね。
学生時代は何をしていましたか
ギター部に入っていました。またスノーボードも高校のときから始めました。
−音楽のジャンルは
特にこれといったのは無いですが、今もたまに弾いています。
社会人になり変わったことは
大きくは変わらないかもしれませんが、社会人になり年代の離れた人に仕事や仕事以外のことの話を聞くことが、とても勉強になると感じています。
これから就職する人へアドバイスするとしたら?
私はしなかったのですが、アルバイトは自分にあった仕事を探すのに役立つと思います。後は資格をとったり、仕事も遊びも本気でやってほしいですね。
自社をPRしてください
社員全員が一丸となってよい製品を作ろうと絶えず努力し進化しています。
工場やショッピングセンター、一般住宅まで大小、形状問わずいろんな仕事があり、自分の手がけた製品が形になって残るのもやりがいになります。
有名なところでは千葉マリンスタジアムや国立新美術館も当社が屋根を手がけています。
新築、改修いろんな建物に対応できますので、ぜひ当社の屋根材を検討ください。
編集後記
社の強みでもある環境に配慮した製品群は今後の成長が期待できます。実際、岡山工場の屋根にもトップライトが取り入れられており、工場内はかなり明るかったです。
人も職場も明るい環境で、優れた製品をこれからも生み出して頂きたいと思います。
(取材:山田、沼、町田)