2009年04月27日

金型製造の潟Aァル技研を訪問

自動車や電子機器の精密部品を製造する為の源となる金型。
難易度の高い金型の製造に挑戦し続ける株式会社アァル技研 行本 茂行代表取締役社長にお話を伺いました。

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写真_行本社長          写真_潟Aァル技研


業務内容を教えてください。

自動車や電子機器の精密部品の製造に欠かせないプレス金型を作っています。本社工場(津山市国分寺)と大阪営業所があり、主に製品を大阪や名古屋、九州、海外(主にマレーシア)のメーカーに販売しています。 

この仕事を始めたきっかけを教えてください

出身は山陽町(現在の赤磐市)ですが、岡山市内の学校を卒業して東大阪市の工場へ就職しました。もともと、ものづくりが好きだったので、当時は誰もいない工場で夜な夜な新しい機械の使い方を覚えたりして、今までできなかった事ができるようになった喜びが当時はありましたね。
それから20年ほど工場で修行をしていましたが、会社の転機をきっかけにある日、社長から「明日から常務になれ」と言われました。びっくりしましたが、普段から当時の社長には独り立ちできる技術力と起業精神を教わっていましたので。会社員としては平社員、主任と常務しか経験していません(笑)。

―すごい経歴ですね。その後、津山には?

昭和48年頃から津山には取引でよく来ていました。昭和55年頃に中国自動車道の開通などで津山に工場を開いてほしいとの要望もあり、大阪にあった3工場のひとつを津山に持ってきて、津山での生活が始まりました。

―津山の印象はいかがでしたか?

津山という町はいい人が多く、友達がたくさんできました。また、市役所の担当の方もとてもサポートをしてくださいました。以前の会社があった東大阪市では何千社かのうちの一つでしかないですが、津山では何百社のうちの一つ、ですからとてもよくしてもらった記憶があります。

起業をされたきっかけは?

津山工場の従業員と一緒に仕事を続けていきたい思いと、社長から教育されたものづくりや起業精神、お客様からの要請などをいただいたことで、昭和62年3月に独立して今の会社を設立しました。

―当時から「アァル技研」の名称でしたか?

会社を作るときに考えたのですが、私の名前は「ゆくもと」で、学校での出席番号が最後の方でした。ですから会社の名前は電話帳や名簿などで1番先頭にしたいという思いがありまして(笑)。
「アァル」ってどうか?といろんな人に相談してみると、なかなか好評で小さな「ア」はパソコンなどで変換すると、一手間いるので会社名を覚えてもらいやすいですし(笑)。ものづくりでもそうですが、何かひとつ特徴を持つのは大切ではないかと思いますし、もちろん名簿だけでなくものづくりやすべてに1番でありたいという考えから会社名を「アァル技研」にしました。

起業当初困ったことはありましたか?

津山の雪には驚きました。あと、田舎特有の人情といいますか、仕事の最中に急に従業員が消防団で帰っていったのはびっくりしましたね。
あとは経理や資金繰りなど、技術屋でしたのでとても戸惑いましたね。経理を任せた家内には感謝しています。

人材育成についてどのようにお考えですか?

製品はハイテクなものを作っていますが、金型というのはローテク、いわゆる「匠」の世界だと思います。元をたどれば鍛冶屋なわけで、叩いた音や手触りといった感性を大事にすることを若い頃社長によく言われて修行しました。
日本には古くから受け継いできた技術という基礎があります。基礎がなければ製品はできてもコピーですし、コピーであれば良いものや新しいものは作ることができません。基礎技術を次の世代に伝承していく責任を強く感じています。

社長ご自身の趣味などはありますか?

最近は釣りですが、骨董品の収集にも興味があります。やはり、昔の職人の技術や職人としての気質を作品に見受けられて、一人の技術者として骨董品には惹かれますね。

今後の目標と課題をお願いします。

「技」の伝承、10年後も通用する技術力を後輩に残していきたいと思っています。そして、これだけは他では作れない、真似ができない自信の製品を製作できる技術者になるよう、社員にはいつも言っています。
そして会社がこの地域で輝いている、よそにはない何かがあるぞ、といった活気のある会社にしていきたいと思っています。


入社3年目の鎌田光宏さん(37歳)にお話を伺いました。
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写真_鎌田さん

入社の理由をおしえてください。

以前の会社では部品の管理する仕事をしていましたが、製造業に興味があったので入社しました。

現在の仕事を教えてください。

フライス加工(ドリルでプレートに穴を開けたりする)をメインにしていますが、マシニングセンター(プログラムによる機械加工)の操作なども行っています。

この会社に入社してみていかがでしたか?

津山は温かい人が多いと思います。うちの会社は少人数の会社ですから、一つの担当ではなく、他の部署の仕事も覚えられるし、オールラウンドプレーヤーを目指しています(笑)
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出身と学生時代の思い出を教えてください。

出身は津山です。学生時代は夏休みなどを利用していろんなアルバイトをしていろんな経験をしました。

社会人になって感じることは?

学生時代に具体的な目標がなかったので…これから就職される人には将来のビジョンについて考えて、資格などを取得しておけばよいのではないでしょうか。
今の仕事では、昨日までできなかったことができるようになったときの喜びや、難しい技術を習得したときの喜びはひとしおで、ものづくりの喜びの原点だと思います。

自社のPRなどあればお願いします。

精密金型の製造には個々の技術力UPが求められます。またお客様のニーズに応えられるよう努力を積み重ねていきたいと思います。会社は少人数ですが和気あいあいとした仲で若い人が多い職場です。

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取材後記
「アァル技研」、このブログ原稿を書きながら、なるほど、「アァル」の変換で「アァル技研」を覚えた方は多いのではと実感。しかし、名前だけでなく、技術でもオンリーワンを目指して挑戦し続ける、そんな意気込みとものづくりの奥深さを社長自らの技術で削った「技」の石碑に感じました。
(取材:横山、国本、町田)
posted by tsuyama-sangyo at 16:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 潟Aァル技研