2011年06月02日

株式会社本山合金製作所 TV取材

株式会社本山合金製作所さんをTV取材しました。



企画 津山圏域工業会
製作 株式会社テレビ津山
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2007年11月26日

超硬合金の本山合金製作所を訪問

市東部の草加部工業団地に立地する竃{山合金製作所
若手経営者、後継者の参加する関塾津山のリーダー的存在でもある松本 秀彦社長にお尋ねしました。

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 写真_松本社長        写真_本山合金製作所

業務内容を教えてください。

超硬合金(硬質の金属炭化物の粉末を焼結して作られる合金のこと)、精密金型、金型部品、スプレーノズルの製造・販売という硬い(笑)会社です。

社長が入社されたのはいつ頃ですか、どうして転職し、本山合金に入ろうと思われましたか

父が経営していた会社でしたが当時は規模もあまり大きくなく、兄がいることもあってこの会社に入るつもりはありませんでした。

大学を出た後ある商社に入社し2年くらいたったとき、ふと海外に行きたいと会社を辞めたのです。本当は海外で働きたかったのですが見つからず、それならとMBAを取得するべく留学することにしました。

ところが、商社勤務で蓄えたお金で留学費を賄ったつもりが、1年半でお金が尽きてしまいました。(笑)。そこで親にもう一度すねをかじらせてくれとお願いしたのですが、そのときに「帰ったら自由には生きられない」ことを覚悟しました。(笑)

実際帰ると早速父から津山工場行きを命ぜられH3年、27歳の時にこちらに来ました。

入社してからはどうでしたか。

経営学の勉強をし、頭でっかちになっていた自分がすぐ馴染めるほど甘い世界ではありませんでした。まず専門用語が多く言葉がわからない、機械は使えない、図面もわからない、「ものを削れん者が口開くな」という職人の世界で、自分の理想の企業像と現実のギャップの大きさに直面しました。

負けず嫌いな性格上、「ものを削れるようになってやる」と10年現場に入りました。全てが初めてのことだらけでしたが、ものを作る面白さ、難しさにはまり最初は朝から晩まで機械と一緒でした。数年後「口が開けるようになってから」(笑)は、経営に関して2つのことに取り組みました。

1つめは、見える化です。
全ての伝票を集め、部門ごとの売上、利益を分析・公開し、製造工程での失敗、成功の情報共有を行いました。何が儲かっているのか、いないのかを知り、どうすれば儲かるかを導き出すことができるようになりました。

2つめは、採用活動です。
うちの資源は「人」ですのでいい人材に来て頂くため、学校訪問、PRなどかなり苦心しました。

「人」の話が出ましたがどんな方を採用していますか?

もちろんいろんな特性を見ますが、学生の方は面接練習をしているので、ありきたりな質問ではつかめません。時間をかけイレギュラーな質問で「人」をみたい、そして最終的には「一緒に仕事がしたい」と思える方にお越し頂きたいですね。

高卒の方は良くも悪くも化けることがあり、数年で別人のように成長する方もいます。大卒の方は少し固まってますね。自分が「よし」と思って採用しても現場から「なんで採用したんですか」と言われたこともあります。そのせいではありませんが(笑)、今は私の意志を理解してくれている採用担当に任せています。

従業員に求めることは何ですか?

自分が作る製品を好きになってほしい、そして仕事にプライドを持って欲しい。会社を好きになれなんていいません、本山合金の名前や社長で会社が成り立っているのではなく、一人一人の技術、プライドが会社をつくるのです。

従業員が定年退職する際、いい会社だったと思える会社、もちろん今の給与・賞与を上げるためにも、一人一人がどうすればそうなるかを考え、実行しなくてはなりません。

自社では大卒、高卒も基本的には同じ仕事をします。最初に開発や設計等希望をいわれても、まず製造に入って頂きます。そこで、与えられた仕事を100%以上こなせ、そして開発がしたいといい続けろと社員には言っています。オカネを生むのは製造であり、そこを好きになれない、仕事ができないでは、先も同じです。

学生時代は何をされてましたか。

私は小さいときから比較的目立つ方だったと思います。いい意味でも悪い意味でも。学生時代はバイトに専念してあまり学業には励みませんでした。

米国留学の3年間が人生の中で一番勉強した時期のように思えます。ゴルフや旅行など楽しい時間も多かったですが、論文やプレゼンテーションに追われることが多かったので度胸とともに自信を育てた時期だったと思います。

課題と目標を教えてください

課題はたくさんあります(笑)。ただ、結果的には私が津山に来た16年前より、売上・従業員数とも3倍以上の会社になりました。しかし、ただ規模を大きくしたいのではなく、一流の企業になりたい。

具体的には、この技術、この加工、この製品なら本山合金だと業界で認められる会社にしたいのです。まだまだそんなレベルではありませんので、いろんな失敗、くやしさがあります。負けず嫌いなもので(笑)、臥薪嘗胆を座右の銘とし実現したいと思います。


H7年入社の製造部精密加工課形彫放電班主任 志茂 庄吾さん(S48年生まれ)にお話をお聞きしました。
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写真_志茂さん

どうして入社しようと思いましたか。

津山高専を卒業し、水島コンビナート内の自動車部品製造会社に入社したものの半年後には倒産の危機に陥り退社しました。その後、玉野市内の土建業の会社に入りましたが、やりたいことと違うと、高専の先生に相談に行き、この会社を紹介されました。

面接の際、当時室長だった松本社長に「有給は取れますか」と聞くと、即「取れますよ」との返事でしたので(笑)、入社しました。また、本山のモノづくりにも興味がありました。

入ってみていかがでしたか?現在の仕事を教えてください。

仕事は金型部品の製造という精密加工になります。当社は多品種少量で、同じ部品がほとんどないので難しいですけど、飽きることがないですし、面白いですね。

また、有給の件ですけど本当にとれてます(笑)。自分が一番休んでるかもしれません(笑)。実は以前カーレースに出ていました。今も車のチューンショップからレースカーの試乗依頼があるので、どうしても平日に休むことになります。といっても、もちろん仕事では迷惑をかけないようにしています。
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学生時代に何をしていましたか、またこれから就職する人にアドバイスをお願いします。

学生時代はバイトばかりで、5つくらい掛け持ちしてました。私の場合、最初希望の職に就けませんでしたが、やはり情報収集が大事だと思います。

本山合金製作所をPRしてください

誰でも主役になれる会社です。
精密金型は自社では歴史が浅く、年配の熟練者もいません。自分で考えて、工夫してモノづくりができます。言われたことしかできない、しないのではなく、自分で考えられるようになれるのがこの会社です。

充実した設備の中で行われるミクロンレベルの加工技術をぜひ会社見学で体感してほしい。
モノづくりに興味がある人は、本山合金に興味が出てくるはずです。

編集後記
松本社長はカラオケで「それが大事」を社員と熱唱されるとのこと。
私も取材中その熱意に引き込まれてしまいました。
熱い、暖かいところに人は集まるんだなあと感じた取材でした

(取材 山田、沼、岡本)
posted by tsuyama-sangyo at 10:35| Comment(1) | TrackBack(0) | 竃{山合金製作所