2012年01月30日

加茂繊維株式会社 TV取材

加茂繊維株式会社さんをTV取材しました。



企画 津山圏域工業会
製作 株式会社テレビ津山
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2008年07月07日

肌着・ニット製品製造販売の加茂繊維株式会社を訪問

高機能繊維による肌着など健康グッズの新ブランド「BSFINE」で注目されている加茂繊維株式会社 角野 充俊 代表取締役にお話を伺いました。
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写真_角野社長          写真_加茂繊維

業務内容を教えてください

弊社では以下の事業を3本の柱としています。
@肌着の受託縫製加工  
Aブランド衣料等OEM生産、コラボレーションによる共同企画商品の開発製造  
B自社ブランド製品の開発、製造、販売

ブランド衣料のOEMでは、皆さんよくご存知の有名ブランドも手がけています。こんな山奥(笑)で、最先端のファッション衣料が作られているなんて意外でしょう。

どうして入社されましたか

私は2代目なのですが、元々会社を継ぐつもりは無くて、大学を出た後名古屋のデザイン会社を経て建築設計事務所に入社しました。

その後京都の設計事務所に転職し、2年後に独立して大好きな建築設計の世界で多岐にわたる仕事をさせていただきましたが、35歳のとき両親の病気がきっかけで帰ってきました。

−帰ってきた頃と現在では状況がかなり違うのでしょう

その頃は、まだ繊維業界が好況で、ブリーフと長ズボン下を併せて1万枚/日作っていました。大手1社の下請け縫製で充分利益が出ており、私も余裕があったので(笑)、帰ってからも設計の仕事をいくらかやっていました。
それからご存知の通り、縫製業界は国内では斜陽産業になり海外移転が相次ぎました。

−安い人件費が海外移転を進めたのですね

もちろんそれが大きな要因でしたが、嗜好の変化も要因の一つです。
男性を例にすると昔はみんなブリーフでU首シャツ、男性はズボン下でしたが、今は嗜好が多様化しデザインや色など多種多様です。当時は1日に20アイテムくらいだったのが、今2000アイテムくらいになっています。
当然生産方式も見直し、3つのラインでロット生産していたものを、セル生産に変えました。13年前のことですが、設備と専門家招聘でかなりの投資をして、今のセル生産に生産革新することができました。こうした投資を行いニーズに応える生産体制を整えたところだけが国内でかろうじて残っていると思います。
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結局下請けでは価格の決定権が無いので追い込まれるだけです。やはり自立化するためには、オリジナルの技術か商品を持つ以外ありません。以前は同業者との付き合いは全くありませんでしたが、今はやる気のある工場と技術を高めていこうと積極的に交流をしています。
同業の方とも話をしますが、日本のものづくりは中国に絶対に負けないと思います。

−なぜですか

品質や品位、繊維なら風合いの目利きなど日本人には独特の感覚があり、改善や新しいことを創造する力に長けていると思います。日本人でなければできないものづくり、これを自社で実現したいと思います。

どんな方を採用したいですか

明るく元気で素直な人ですが、加えて夢を持っている人がいいですね。私は社内で「日本一になる」といっていますが、思っていないことは実現できません。こんな田舎でも、夢を実現できると信じて一緒にやってくれる方が入社してくれればと思います。

今、一番力を入れていることは

社員教育です。まだ弊社は会社というより工場です。メーカーとして自立するために、「第二創業」として、事業並びに社内改革を行っております。そのため経営サポート会員となり勉強会に参加して、私も社員もともに猛勉強しております。

私自身、新事業の立ち上げなどで忙しく社員とうまくコミュニケーションがとれていなかったので、会社としてどうあるべきか、確かな発展のため経営計画を改めて見直しており社員とともに社業を発展させる予定です。

主力製品BSFINEとの出会いは

8年前になりますが東京出張の際、親戚から面白い石があるが繊維ができないかともちかけられたのが最初です。遠赤外線やマイナスイオン等の効果も最初は半信半疑でしたが、大手素材メーカーの元研究員と原石の性能試験をし、検体の疑似人体表面温度が2度も瞬時にあがったのを確認して、開発を決断しました。
そこから、こっそりと(笑)繊維開発に入って行った訳ですが、大手繊維メーカーの協力で、独自の繊維BSファインを完成していただきました。

BSFINEの特長は

一言でいえば健康をサポートする繊維です。例えば現代人は汗腺が少なくなるなど体温調節機能や自律神経の失調などに悩まされています。肌着が本来持っている身体を守る機能を更に高める意味で、医療やスポーツなど多様な分野で使って頂けると思います。

どんな学生時代でしたか

建築家になることが夢で、大学建築学科に進んだのですが、実習以外はあまり学校に行かないで、友人のインテリアショップを作ったりとか、アルバイトと遊びが過ぎて留年しそうになり、これは大変と思い3年の時に卒業設計以外の単位はすべて取得し何とか卒業しました。

−バイトはどんなことを

音楽が好きで、オーディオの販売をしていました。販売店でトップセールスを記録し、月に15万もらった事もあります。当時大卒の初任給が10万円くらいでしたので、いいバイトでした(笑)。

−どうして建築の道に進んだのですか

大学で建築を学んだのですが、卒業時は就職難で知り合いだった名古屋の友人の商業デザインの会社に入りました。なんと初任給が3万5千円(笑)でどん底でした。その後、設計事務所に入社し本当にがむしゃらに働き3年で主任建築士になりました。

会社の売上も3倍になったところで、京都の設計事務所に移りましたが社長と意見が合わず、退社して、1ヶ月間、建築の勉強も兼ねてヨーロッパを13カ国旅しました。その間写真を3千枚くらい撮りましたね。
帰国すると仲間が独立することになり、自分も独立することにしました。28歳の時です。

−独立後はどうでしたか

最初は仕事が無かったのですが、大阪地区の再開発計画の顧問をさせていただきながら、少しずつ実績を重ね仕事ももらえるようになりました。犬小屋から超高層ビルまでやらしていただきました。数年前も私の設計したお店の改修をどうしてもやって欲しいと当時のクライアントから依頼が来ましたが、断りました。建築家というのはわがままで指示すれば必ずできていましたが、今の仕事ではそうはいかないのが残念です(笑)。

目標と課題は

弊社は元々肌着(インナー)しか加工できませんでした。

−同じシャツでもインナーとアウターでは加工が違うのですか

全く違います(笑)。実は10年以上前、無理して大口のTシャツ縫製の仕事を受けた事がありました。自社では納期に間に合わすことができず、同業の知人にも助けてもらって、なんとか納品しました。その時「二度とやるもんか」と思いましたが、その際の経験がその後のOEMのアウター生産につながり、最終的に自社ブランド「BSFINE」の基礎技術になっていったのです。

思えばずっとトライ&エラーの連続です。でも挑戦したからこそ今があり、未来があるのだと思います。
縫製加工は商品ごとに高い固有技術とノウハウを蓄積しないとできません。今では、弊社にしかできないものがたくさんあります。単に馬車馬のように働くのでは無く、考えて楽しく高付加価値のものを作り、高い利益率を堅持し都市と変わらない報酬を得る。
この地で雇用を守っていくためにも、新規事業をベースにして「小さくてもキラリと光り輝く!」そんな会社にしたいですね。


H20年3月入社の細川 のの子さん(S61年生まれ)にお話を伺いました。
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写真_細川さん

どうして入社しようと思いましたか

女子サッカーLリーグの湯郷ベルに入団する際、就職先としてこの会社を紹介されました。

−サッカーはいつから始められましたか

私は東京出身なのですが、兄の影響で小学校1年から始めました。2年生の頃には今のポジションのゴールキーパーをしていました。

−キーパーは大変でしょう。

小学生の頃コーチが厳しく、練習で毎日傷だらけになって「なんで自分だけ・・・」と思ったこともありますが、一番責任重大なポジションでやりがいがあります。

湯郷ベルに入団する前はどうしていましたか

中学校からクラブチームに入り、高校卒業後Lリーグ加盟の大原学園(長野県上田市)に入学しサッカーを続け、卒業後も整骨院で働きながら同じ大原学園で選手としてプレーしていました。

湯郷ベルはどうですか

本当に地域に愛され支えられているチームだなあと感じています。
大原学園も田舎にありましたので(笑)、ここの方が少し都会ですね。田舎に馴染んだので、たまに東京にいくと人が多くていやになります(笑)。

入社してみていかがでしたか?現在の仕事を教えてください

仕事はBSFINEの受注受付や発送業務です。最初は商品を覚えるのが大変でしたが、今は大分まかせてもらえるようになり、自分のペースでできるようになりました。

困ったことは

今は特にないですが、最初仕事を教えてくれた先輩が都合で辞められたときは困りました。
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−休みの日は何をしていますか

練習は火曜が休みですが、仕事がありますし、土日は仕事が休みでも練習があります(笑)。
自炊なので火曜に1週間分の食料を買いだめしています(笑)。

−得意な料理は

ハンバーグ(笑)です。

サッカー選手としての目標は

毎年1年単位で目標を設定するようにしています。実は昨年、選手を辞めてトレーナーになろうかとかなり悩みましたが、もう1年続けようと決心しました。
今年は日本代表のゴールキーパーである福元選手が身近にいて、自分に足りないものが見えてもっとレベルアップしたいと頑張っています。
やっぱりサッカーが好きなので、ベストを尽くして技術、レベルを上げていきたいと思います。

自社をPRしてください

BSFINEは未来のある商品です。1人でも多くの方に着用してもらい、素晴らしさをわかってもらいたいと思います。もちろん私も着用しています。

編集後記
「夢しか実現できない」、角野社長と細川さんそれぞれの夢が伝わる取材でした。
紆余曲折を経て、世に出した「BSFINE」、私も愛用しています。
津山発小さな企業の大きな挑戦、応援しています。
(取材:小川、沼、町田)
posted by tsuyama-sangyo at 08:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 加茂繊維