2008年11月10日

津山グンゼ株式会社を訪問

衣料縫製から自動車等の産業資材まで世界レベルの糸を生産する津山グンゼ株式会社 喜多村 隆夫 代表取締役工場長にお話を伺いました。
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写真_喜多村代表取締役工場長  写真_津山グンゼ

業務内容を教えてください

衣料縫製用のあらゆるミシン糸をはじめ、自動車関連縫製用縫い糸、皮革、重布用など産業資材向け縫い糸、ソックス用編み糸など、あらゆる分野の糸の生産をしています。
糸の太細、風合い、色、強度、耐熱性、耐水性、機能性などご注文に即した糸が製造できます。
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−御社は歴史が古いですね

グンゼ津山工場としては大正5年からで、本館は津山百景にも選ばれています。
H15年に津山グンゼ株式会社として独立しましたので、会社としては新しいのですが(笑)。

なぜ入社されましたか

私は埼玉県出身で、地元にグンゼの大きな工場がありました。それでグンゼの試験を受け入社できたのですが、京都での新社員研修後、辞令交付されたのが「津山工場」で結局地元には帰れませんでした(笑)。

−いつ頃ですか

1970年です。当時は高速道路ももちろんありませんし、京都から鳥取まで山陰線、そこから因美線で津山駅に降り立ちました。駅舎は化粧変えしましたがイメージはそのままですね。

印象に残っていることは

津山工場に来た当時は社員が800名くらいいました。独身寮も女性が600名以上、男性は独身者が60名程度で女性には親切に(笑)されました。
当時は事業も4つぐらい行っていましたが、海外製品の輸入や石油ショックで事業から撤退し、多くの仲間が津山を去っていったのが寂しかったですね。
私自身、石油ショックの当時は香港の事業所にいまして大変でした。その後、十年程前上海に行っておりましたが、日本人も多く香港駐在の頃とは大分違いましたよ。

困ったことはありませんか

津山に来た最初の冬ですね。当時はたくさん雪が降りました。敷地内の独身寮が一杯で、私は外の寮から歩いて通勤していましたが、「寒いところだなあ」と思いました。会社に着くと女性の方が「寒かったでしょう」とお茶やお菓子を出してくれてうれしかったのを覚えています。

今、一番力を入れていることは

製糸事業は国内では全体の市場縮小を避けられません。海外の工場で指導できるような人材を育てることに力を入れています。どうしても目先の利益も追求されますが(笑)、人間が一番重要ですので若い人に早く海外で通用できるようになって欲しいです。

それと「見える化」ですね。社の方向性や成績、尋ねなくてもわかる仕組みづくりをやっています。

どんな方を採用したいですか

やはり「やる気」のある人です。その上で周りとうまくやっていける、周りを引っ張っていける人材であればいいですね。

人材育成にどう取り組んでいますか

グンゼの研修に行かせるほか、積極的に資格を取得させています。また、50代以上の社員が多いので、若い人への伝承にも力を入れています。

学生時代の思い出は

高校生の頃、5,6名でムカシトンボの生態を研究し科学関係の表彰を受けました。
それで昭和天皇に拝謁し皇居の中にも入らせて頂きました。

−すごいですね

お話もできたのですが、足元ばかり見てお顔はほとんど見ていません(笑)。

趣味は

土いじり(ゴルフクラブと鍬)くらいですね(笑)。畑で野菜や果樹を育てています。

−お米は作られませんか

米は大変です(笑)。畑ぐらいがちょうどいいですね。

目標と課題は

分社化して5年、当初は黒字化できていましたが数年厳しい状況にあります。やはり一本立ちするためには独自の仕事を増やして利益を確保したいですね。
幸いグンゼには繊維以外の事業もたくさんありますし、機能性を生かしてメディカルや機械関係などへ津山グンゼがもっている技術を活かした新分野や新事業に取り組んでいきたいと思います。


H17年6月入社の鮎川 哲也さん(S55年生まれ)にお話を伺いました。
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写真_鮎川さん

どうして入社しようと思いましたか

津山高専を卒業後、金型関係の会社に入社しましたが「音楽で食べて行きたい」という夢を諦められず、辞めてしまいました。その後音楽活動を続けていましたが25歳になり再度就職活動をしました。
いくつかの会社を見学させて頂いた中で、この会社ではみんな挨拶してくれとても雰囲気が良かったので入社させて頂きました。
最初は津山での採用だったのですが、昨年本社の採用試験も受けさせて頂き、合格したので本社採用になれとてもうれしかったです。

−音楽活動はしないのですか

この会社に入ったおかげで吹っ切れました(笑)。

入ってみていかがでしたか、現在の仕事を教えてください

製糸機械の保全とカイゼン活動をやっています。
業務提案では年間60件というノルマがあるのですが、4月から累計102件提案し、今のところ津山ではトップです。
それと、労働組合では広報企画部長をさせて頂いています。
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困ったことはありませんか

学生の頃にもっと勉強しておけば良かったと思います(笑)。

会社で印象に残っている事は

歓送迎会、納涼祭、忘年会などの会社の行事ですね。ホテルに200人以上集まりますが、余興などが楽しいです。

学生時代に何をしていましたか

高専3年生までは水泳部で全国大会にも出ることができました。3年からは軽音楽部です。

−バンドでのパートは

ボーカルです。

−やはり声がいいですね。

いえ、たいしたことないです(笑)。
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今、頑張っていることは

学生時代しなかった勉強です(笑)。保全技能士や電検3種など資格取得のために勉強しています。

趣味は

会社の先輩に誘われて最近ゴルフを始めました。といってもまだ打ちっぱなしだけですが(笑)。

社会人になって感じることは

学生のときは先生がいて教えてもらうのが当たり前でした。会社でも先輩や上司に教えてもらうのですが、教えてもらう人の時間も自分が使っているので、より真剣に取り組めていると思います。それと自主的に勉強するようになったのも大きな変化ですね(笑)。

これから就職する人にアドバイスするとしたら

どんな仕事でも自分の気持ちしだいで面白くなると思います。周りの人とうまくやっていけるかどうかも自分次第ではないでしょうか。

自社をPRしてください

上司と部下の話し合いも多くコミュニケーションのとりやすい会社だと思います。年配の方はみんな先生で技術の伝承も進んでいますし、一人一人の個性も尊重してくれます。
ボーリングやビアパーティ、花見などイベントも多く、楽しく働いています。


編集後記
大正5年からという歴史を感じる取材でしたが、長く事業を続けられているのは時代の変革に対応する人の力だと感じました。8年後には操業100周年!引き継がれたバトンを若い人の力でさらにその次の世代に受け渡して頂きたいと思います。
(取材:小川、沼、町田)
posted by tsuyama-sangyo at 17:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 津山グンゼ